紹介:佐藤 靖 『 NASAを築いた人と技術 』

> コラム > 伊原吉之助教授の読書室


読書紹介:


     佐藤 靖 『 NASAを築いた人と技術 』

         ( 東京大学出版会、2007.5.2初版/2008.3.25 再版 ) 4200円+税



  久しぶりに 「 面白い 」 学術書を読みました。

  学術書に二種類あり、読みかけるとやめられず、どんどん先へ進む本。

  もう一つは、内容に興味があるのに、なかなか先へ進めず、屡〃中絶する本。

  本書は前者であり、それも出色の 「 面白い 」 本です。


  先ず、各章の題名を紹介しましょう。


  序 章 未踏技術への陣容──宇宙開発のコミュニティ

  第1章 フォン・ブラウンのチーム──マーシャル宇宙飛行センター

  第2章 アポロ宇宙船開発──有人宇宙船センター

  第3章 大学人の誇りと試煉──ジェット推進研究所

  第4章 科学者たちの選択──ゴダード宇宙飛行センター

  第5章 人間志向の技術文化──日本の宇宙開発機関

  終 章 システム工学の意味──歴史と技術論の視座から


  私は、中共政権 ( 毛澤東・周恩來 ) の核開發を中心に、ジュール・ヴェルヌの月世界旅行についての小説 ( 1865年刊行 ) から始めた 『 核開発競争史年表・覚書:中台関係を中心に 』 という 700頁の年表を作り、30部印刷して台湾の知友に配布したことがあります。

  最終記述が 2006.6.12ですから、印刷配布したのは平成18年6月の訪台の時です。


  これを作ったのが富士通のワープロ専用機だったので、5インチフロッピー ( 3M記録 ) に蓄積していました。この専用機が突然壊れ、3.5 インチフロッピーに移せなくなりました。従ってその後増補改訂できておりません。

  専門業者に頼めば 3.5インチフロッピーに移せるのですが、足元を見られてかなり高い費用をとられるらしいので、作成・充実作業は中断したままです。残念至極!


  この作成過程で V-2號ロケットを開発した ヴェルナー・フォン・ブラウン ( 1912-  ) には興味を持っていました。本書を書店で見るなり直ぐ買ったのは、第1章に渡米後の フォン・ブラウン チーム の活躍が書いてあったからです。

  ところが、ほかの章も抜群に面白かった。


  著者、佐藤 靖さんは1972年、新潟県生れ。東大工学部航空宇宙学科卒。

  科学技術庁勤務を経てペンシルヴェニア大学大学院科学史・科学社会学科で博士号取得。

  その卒業論文を翻訳加筆したのが本書です。


  「 科学社会学科 」 を出ているだけあって、学者・技術者の人間関係の分析が中心です。

  しかも、問題の捌き方が実に巧みで、航空宇宙科学に素人の私が読んでも実に判りやすく興味深い。文章力のほか、課題の設定が的確なのでしょう。著者の力量につくづく感心しました。


  さて、順を追って紹介します。


  序 章 未踏技術への陣容──宇宙開発のコミュニティ


  20世紀は人類史上、前半と後半で様相を異にします。

   前半=人間的な最後の時期

   後半=複雑巨大技術を開発し、人間環境がやたら仮想化・黒箱化した時期

    例:戦闘機の空中戦が、前半は人間の格闘の延長上にあった。

      後半は湾岸戦争に見るように、人が コンピューター の指示に従う ボタン戦争化。


  人を宇宙に運ぶ アポロ計画のような巨大技術を開発するには、巨大な システム 構築が必要です。

  本書は アポロ計画を テーマに、新規技術開発の二つのタイプ を 俎上に乗せます。

   NASAが代表するシステム工学型開発チーム

   フォン・ブラウンや JPLが代表する従来型の研究開発チーム


  システム工学とは、ロケット開発という、既成の技術 ( ビラミッド に 始り、鉄道・電力・航空機に到る20世紀前半までの技術 ) とは桁違いに複雑な大規模技術を開発するため工夫されたものです。

  「 システム開発の過程全体を統合的に管理する手法 」 の総称。

  細部を把握しつつ、全体をまとめて目的を実現する手法。


  その一大特徴:合理化・体系化・普遍化 →脱人格化

    ( 1 ) 人間の直観や主観性の否定

    ( 2 ) 誰でも使える普遍性 ( 学者・技術者の個性の否定 )


  これは、従来型の科学者や技術者との葛藤を生み出します。

  本書はその葛藤と調整を判り易く 「 興味深く 」 描いています。


  第1章 フォン・ブラウンのチーム──マーシャル宇宙飛行センター


  フォン・ブラウンの チームは ドイツ人を中核に、ミサイル開発の万能組織でした。

  空気力学・推進・誘導制御・構造などの全分野の研究を行い、設計・製作・試験・打上げまで、メーカーに依存せず、組織内でやれた。

  このチーム が 米国のロケット開発の初期段階でいかに貢献したか。

  フォン・ブラウン チームが造り出した傑作が、サターンV型 ロケット です。


  しかし同時に、この チームは NASA の下で体制見直しを迫られます。

  フォン・ブラウンとその仲間が築きあげた団結と信頼の チームは、静かに解体して行きました。


  第2章 アポロ宇宙船開発──有人宇宙船センター


  米国の有人宇宙船の技術は、航空機と、弾道ミサイルの合流點で生れました。

  従って、開発の人材もこの二つの系統の合流となります。

  ところがこの二系統は、技術開発の遣り方が違いました。

    航空分野系=人の組織中心

    ミサイル分野系=技術システムの徹底分析中心。

  この二つの流れの相互作用を解明するのが、第2章の主題です。

  両者が葛藤しつつ調整する有様は、さながらアメリカ民主主義の調整過程を連想させます。


  兩派の葛藤の基底に、根源的な 「 技術観の相違 」 「 哲学の相違 」 がありました。

  技術システムを人より重視するか、その逆かの違いです。

  この葛藤を通じて成果を生み出すところが、米国の良さですね。

  成果=アポロ の 月面着陸が11號、12號と二度に亙って実現!


  佐藤 靖曰く、アポロ 宇宙船のような10年にも亙る長期の開発期間だと 1人の管理者が終始一貫して仕事を纏めるのは無理。異なる型の管理者が指揮を取ることになる。

  そして当然、多くの技術者の協力が不可欠である。

  その中で、二つの技術的伝統がうまく噛み合うことで成功が得られたと。


  第3章 大学人の誇りと試煉──ジェット推進研究所


  第3章の主題:無人月惑星探査技術の開発を巡る JPL ( Jet Propulsion Laboratory ジェット推進研究所 ) と NASA の葛藤


  JPL は誇り高き カリフォルニア工科大学の 1センターから NASA の 1センターになった学者集団です。

  目標=科学研究=真理探求。

  自分の成果は学界で発表し、学界で評価されること主目的とする。

  研究者・技術者個人重視の組織文化。

  学術研究の常として、失敗に寛容:失敗は、次の成功に結び付ければいい、と考えます。


  ですが JPLを統括していた NASA 本部は、ワシントン の 監査を受け、ワシントン から予算を貰い、議会の公聴会を通じて厳しく成果を問われますから、失敗は許されません。

  また、政治的効果という、学術的配慮とは別の狙いもあります。


  かくて JPLは改革を迫られて NASA の文化を取入れ、六回連続の失敗のあと、月探査衛星 レンジャー7號打上げに成功しました。改革は JPLに相次ぐ成功を齎します。

  「 マリナー火星1964 」 計画。無人月面軟着陸を行う サーヴェイヤー計画など。

  この成功は、当初プロジェクト管理の失敗→危機の深化→NASA本部と議会の介入→ プロジェクト の徹底的見直し→目標達成、という過程を経ての成果でした。

  JPL と NASA の葛藤を、佐藤 靖は 「 学術主義 」 と 「 国家の論理 」 の差に還元します。

  納得!


  第4章 科学者たちの選択──ゴダード宇宙飛行センター


  第4章は、技術組織 NASA にあって、科学研究に傾いていたゴダード宇宙飛行センターが主題です。 この章は、第三章の同工異曲なので紹介は省略。


  第5章 人間志向の技術文化──日本の宇宙開発機関


  日本人にとっては親しみを覚えて読める章です。あの糸川英夫さんの ペンシルロケット から話が始るのです。それが ベビーロケット→ カッパ ロケット → ラムダ ロケット → ミュー ロケット と進化して日本初の人工衛星 「 おおすみ 」 打上げに到るのです。これで日本は、ソ米佛に続く世界四番目の人工衛星打上國になりました。


  少ない予算と小さな組織で独自技術を蓄積して成果を生み出したのです。

  日本の技術が 「 人間志向 」 であり、得意の 「 暗黙智 」 の操作を通じて成果を生み出したのです。

  この著者の指摘に深く同感すると共に、今や日本人は変質し、暗黙智を操れた先輩の特徴は消えつつある? との危惧を覚えました。


  この章に、デンジエン・ジンという中国人の名前が出てきます。

  ピンインは Dengjian Jin ですから、チン・トンチエンと表記した方が適切と思います。

  漢字名は判りませんが、例えば 「 金登建 」 かも知れません。


  終 章 システム工学の意味──歴史と技術論の視座から


  職人や技術者は独自性や個性を守ろうとするが、国家が介入すると、規律・規格化・普遍化を押し付けようとする、と著者は書きます。生産の合理化です。

  職人や技術者は、就業規則や生産目標の押し付けに頑として抵抗し、初めのうちは抵抗が勝つ。この葛藤は、少なくとも19世紀からある、と。


  システム工学の顕著な特性は 「 脱人格性 」 だが、20世紀初頭に フレデリック・テイラーが提唱した科学的管理法は、 「 組織内に於ける労働者の管理方式 」 を確立したものであるのに対して、第二次大戦後のシステム工学は、 「 科学的管理法の科学者・技術者に対する適応 」 なのだそうです。

  雙方とも、工程を脱人格化し、個性・特殊性に左右されない効率的な業務体制を構築しました。


  ここを読んで、最近のスポーツ選手の養成法も同じじゃないのか、と思いました。


  現代史の見直しをしている私にとって、久しぶりに読んだ面白い専門書でした。


( 平成20年8月27日記 )