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脱皮を迫られる台湾政治
伊原 吉之助 ( 帝塚山大学名誉教授 )
台北市長選挙の視察
二〇〇四年の陳水扁総統再選以来、台湾政治は混乱・停滞中です。下野した中国国民党は米国・中共の 「 一中 」 路線と連繋して台湾本土派の民進党政権を挟み撃ち。未熟な民進党は、議会で多数派の野党にいいようにいたぶられて満身創痍です。
台湾と日本は海洋国・自由民主国として似た運命にあるので、台北・高雄市長選を視察してきました。それで判ったことをご紹介しましょう。
台湾のメディアは中共の手先だらけです。だから台湾情報は、中共ないし在台中国派
の謀略情報が一杯です。
日本のメディアも、その受売りが多い。陳水扁総統周辺は腐敗・汚職だらけ、という報道はその一例です。司法は国民党の手先が多いのに。
反腐敗赤シャツ隊の正体
八月に民進党の元主席施明徳が陳水扁総統に公開状を送り、政権運営に失敗したのだから、辞任せよと勧告しました。その後 「 一人百元、百万人献金運動 」 という陳総統辞任運動を始め、忽ち一億元を集めました。これは百万人からでなく、国民党系の大口資金を集め、 「 百万人から集めた 」 と称しているのだそうです。
資金を得て、今度は総統府前の広いケタガラン大道で 「 反腐敗陳水扁打倒坐込み運動 」 をやりました。これは、親民党の院外団が組織し、国民党政権によって退職金に18%もの利子を貰って悠々自適している 「 公務員・教員・軍人 」 退職者の家族が動員されて参加したそうです。
「 まともな市民は仕事があって、坐り込む暇などありませんよ 」
退場を迫られる旧勢力
12月9日投票の政府直轄市の選挙は台北が国民党の龍斌が53・81%を得て民進党の謝長廷40・89%を破りました。高雄は接戦の末、民進党の陳菊が49・41%で国民党の黄俊英49・27%を破りました。政党の交代がなかったので 「 現状維持 」 と見えますが、台湾の主流民意という 「 底流 」 は変化を求めているのです。
第一、民進党新潮流系の社民・グリーン路線は実務家・企業家の支持が得られず、破綻しました。そこで野党や 「 中間派 」 に妥協する。支持者が不満を漏らすと族群対立を強調して対決姿勢に出る。根本にある左翼リベラル路線、無原則な妥協、統率力の無さという弱点が二期目の陳政権で露呈しました。本土派は、もっと現実的な路線を採用しないと、経済が傾きます。
第二、国民党は黒金 ( 暴力と金権 ) 路線から縁が切れず、利権ばらまきでしか支持を集められない。市長選最終日の盛上げ大会は、民進党は自発的参加者でしたが、国民党はお金で動員したお義理の参加者でした。それでも、国民党が過去にばらまいた利権のせいで、既得権益に預かる支持者が多いのです。
左翼リベラル路線党と利権まみれ党の政争が続き、真面目な人は政治に愛想をつかしました。若者も政治に全く興味を示しません。これでは台湾に前途がない。
政界再編成により、もっと現実的かつ実務的な政治勢力を結集する必要があります。
対外政策もがたがた
台湾の対外政策の要は、対日米関係と対中関係です。ところが、日米とも国民党との縁が深く、民進党との縁は浅い。米国の如きは、中国・台湾野党と連繋して民進党政権いじめをしています。
民進党も台湾のメディア界も、日本語の使い手が少ない。李登輝さんの周辺でさえ、そうです。そして台湾本土派は対外関係に弱い。
他方、中国からは特務は既に大勢入込み、観光客まで押寄せています。中国へ資金と技術を持って投資にでかける台湾人は、既に大陸に住む百万人のほかに後続が続き、台湾経済は空洞化中です。
時間が問題を解決する?
台湾は、年齢層で、くっきり色分けできます。70歳以上は日本時代に育ち、独立志向です。30歳〜60歳の現役層は大中華教育を受け、台湾人意識が薄い。20歳台は李登輝総統時代に育ち、中国とは別の国という台湾意識こそはっきりしているが、今の高い生活水準を楽しむだけで、政治に関心を持たない。民主主義も社会も、みんなで支えないと潰れることを知りません。
はてさて台湾は、ごちゃごちゃであって、どこから手をつけていいか迷うほど複雑で、あっけらかんで、楽天的です。
台湾の呪いは、国民党の不公平なまでの圧倒的有利さです ( 李筱峰 『 自由時報 』 12月10日付19面 ) ──莫大な党資産、巨大なメディア資源、長期に亘る党化教育、国民党べったりの司法と情報治安単位、中共の支援。
私はこれに 「 一中 」 政策を採る米国の国民党支持を追加したい。その米国に、日本も
追随しているのです。
台湾の救いは、民進党政権登場以来の台湾意識の着実な浸透です。中共による併呑さえ避ければ、時間が台湾問題を解決するでしょう。
( 06・12・14 )