台湾の混迷──西太平洋 波高し

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伊 原:以下は津村忠臣さんが発行する月刊紙 『 戦中派 』 第420号 ( 平成20年 6月 1日発行 ) 1 面に載せた文章です。 5月29日 ( 木 ) に行った講演を元に、自分で書いたものであって、単なる講演筆記ではありません。



    台湾の混迷──西太平洋 波高し



  本会 ( 関西戦中派の会 ) では前回、半年前の平成19年10月25日に 「 台湾総統選:決戦か、混迷か 」 と題して、立法委員選挙と総統選挙を控えた台湾情勢についてお話しました。

  今回は、両選挙とも終り、5月20日に中国国民党の馬英九が総統に就任した直後という重要段階でお話する訳です。そこで、少し前の話ですが、立法委員選挙と総統選挙の結果について確認することから話を始めたいと思います。


       「 一党独大 」 への逆戻り/馬英九に独裁権を与えた台湾有権者


  皆さんご承知のように、両選挙とも中国国民党が大差で勝ちました。

  立法院では、新規導入した小選挙区制のため、得票率では 51.23% 対 36.91% の差が、議席では81議席対27議席と大差がつきました。しかも、残り5議席の諸党派も青系ですから、国民党は国会定員 113議席中、3/4 の議席を得ました。

  民進党の27議席は 1/4弱。民進党は群小政党に堕し、二大政党制のように見えていた民進党政権時代の台湾政局は、蒋經國の一党独裁時代に逆戻りしたみたいな状況となりました。


  民主主義は野党が与党政権を監視する 「 牽制と均衡 」 check and balance 機能が大事なので、総統選で揺り戻すかと思ったのに、台湾の有権者は国民党が肥大化することを怖がりもせず、総統選でも国民党の馬英九・蕭萬長組に 766万票 ( 58.45% ) を与えて当選させ、民進党の謝長廷・蘇貞昌組 545万票 ( 41.55% ) に 221万票もの大差をつけました。


  民進党政権が嫌われた主因は、陳水扁総統の対立を煽る遣り方でした。そしてその象徴が、陳総統が米国の反対を押し切って進めた 「 台湾名義での国連新規加盟の是非 」 を問う国民投票の強行です。

  陳水扁と一線を画そうとした謝長廷は、陳水扁イメージを払拭するため国民投票の延期を申入れたのに、陳総統は総統選との同時実施に固執したため、謝長廷の申入れを断りました。この段階 ( 投票一週間前 ) で謝長廷は、当選を断念したようです。そして民進党再起のためには大差で負けた方がよいと考えたらしく、だから最後の一週間の選挙運動はやや低調でした。特に、最後の晩の 「 盛上げ大会 」 で、謝長廷は支持者に向け、こう挨拶しました。

  「 皆さん、総統選の勝敗に関わりなく、今後とも台湾の民主主義を支持して行きましょう 」

  謝長廷は、陳水扁総統のイメージの強い国民投票との同時実施では、総統選で勝てないことを承知していたのです。


  日台並行する三世代/70代以上・60代〜30代・20代


  日本と台湾が似る点の一つに、世代差の並行現象があります。

  70代以上=日本では日教組史観を刷り込まれていない世代であり、独自判断できる世代です。敗戦で価値観が変り、先生の言うことが戦前と戦後とで 180度変りましたから、自分で考え、自分で調べて判断するよう訓練されました。

  台湾では日本時代の教育を受けた世代であり、二二八事件と白色テロを経験し、同年配が殺されたり冤罪で逮捕・投獄・拷問され、中国人支配の怖さを骨身に沁みて知る世代です。


  その下の中年世代 ( 30代〜60代 ) は、日本では日本悪者史観を刷込まれた世代、台湾では大中華思想を刷込まれた世代。共に誤った自国認識を持たされています。日本では、 「 父や祖父の世代はよっぽど悪いことをしたらしい 」 と信じ込まされているし、台湾では 「 私は中国人、私の祖国は大中国 」 と考え、台湾の歴史にも地理にも無知な世代です。この世代の台湾人は、原住民の子孫なのに 「 漢族の子孫 」 と思い込まされ、台湾語を使わず北京語を使います。


  20代の若者は、日本では漸く日教組の日本悪者史観が 「 おかしい 」 と気付き、独自の判断を探り始めました。

  台湾でも、李登輝総統の台湾化・民主化とそれに続く民進党政権の正名運動で、ゆっくりとではありますが、台湾意識が浸透し始めた世代です。

  但し、先輩の苦難の歴史を知らず、知ろうともせず、従って 「 中国 」 国民党の怖さも 「 中国人 」 の怖さも知らない。 「 馬英九にやらせてみよう、駄目なら次の総統選で取り替えればよい 」 と気軽に考えて馬英九に投票しました。 「 次の総統選がないかも知れない 」 とは夢にも疑わない、無邪気な人たちです。


  私は20代の若者は、日本でも台湾でも根無し草、cosmopolitan ( "世界市民" ) でしかないと考えています。彼等は 「 一所懸命 」 ( 自国の護持に命を賭ける ) の拠り所を持ちません。


  陳水扁政権の致命的失敗/国民党の延命に手を貸す


  中国国民党の長期政権に終止符を打ち、台湾人の本土政権を出現させたのは、民進党と陳水扁の功績です。台北市長で成功経験を持つ陳水扁が総統候補になったからこそ、民進党は総統選で当選できたのです。


  この政権交代は、明らかに台湾民主主義の進化でした。しかし、李登輝元総統が仕残し、民進党政権がやらねばならなかった 「 民主主義の定着 」 を、民進党陳水扁政権はやりませんでした。


  台湾は半世紀に亙り、中国国民党の一党独裁が続きました。その間、国民党は台湾の全てを取り込んでいます。だから黒金 ( 暴力と汚職 ) あり、地方派閥あり、中国派も台湾派もすべて抱えて居ります。


  台湾に民主主義を定着さすには、この雑多な国民党を分裂再編成させ、再編成して多党政治を機能さす作業が必要でした。国民党の解体は、国民党主席の李登輝にはやれません。

  別政党の政権にしかやれぬ作業でした。


  ところが陳水扁は、 「 中華民国憲法の下で総統になったから 」 という浅薄な理由で、打倒すべき中華民国体制に擦り寄り、その維持擁護に手を貸したのです。何という甘さ!


  これが民進党 ( 新潮流系 ) 陳水扁政権の致命的失敗です。


  ヒトラーを選んだドイツよりも恐るべき状態に陥った台湾


  かくて中国国民党は旧体質を温存したまま、また莫大な黨財産 ( 日本の公的資産も民間資産も全て取り込んだ ) も温存したまま、民進党政権下でのうのうと生延び、力を蓄え、復活しました。


  中国国民党の 「 旧体質 」 とは何ぞや?

  中華文化の本質である独善気質・お山の大將意識・専制支配体質です。


  台湾の有権者は、民進党と陳水扁を忌避する余り、独善独裁体質を持つ中国国民党に圧倒的多数と総統の座を与えたのです。

  国会で 1/4弱の議席しかない民進党に、このマンモス国民党を牽制する力がありましょうか?


  ワイマール民主制の下でヒトラーは合法的に首相となり、独裁体制を築きました。

  今の中国国民党は、その時のナチス党より遥かに強大な権力を手にしています。

  中西輝政さんは 『 ヴォイス 』 5月号で、馬英九の総統当選は台湾の將來や日本の国益にとって 「 頗る暗いニュース 」 だ、なぜならこれによって 「 台湾海峡の幅が半減した 」 からだと説きます。

  しかし、馬英九を選んだ台湾の有権者に、そういう危機感はありません。


  馬英九の台湾路線は演技か、それとも本気なのか?


  馬英九は総統選で若者層に焦点をあてました。北京語ではなくホーロー語・客家語・原住民語をできるだけ使い、民進党の基盤である中南部の民家に泊まり込み、農民や商家の仕事の手伝いまでして台湾人に溶け込む努力をしたのです。


  重大問題=この本土派接近は、単なる票集めなのか、それとも国民党を台湾化する努力なのか?


  私は 「 強者は、弱者を煮て喰おうと焼いて喰おうと思うがまま 」 と考えるのが中華文化だ、と承知しており、馬英九の本土寄りの姿勢は 「 票獲得の演技 」 に過ぎないのではないか、と疑っておりますが、馬英九支持者は、特に台湾の若者は、そうは思っていません。


  馬英九は総統当選の翌23日、外国人記者会見の席上、 「 一つの中国・各自が表明 」 の 「 92年合意 」 を対中話合いの基礎とすると宣言しました。

  「 各自が表明 」 とは、中国は 「 一中=中華人民共和国 」 と言い、台湾は 「 一中=中華民国 」 と言って折合いをつけるという意味です。

  でも中国は 「 一中 」 はいうが、 「 それぞれが表明 」 とは一度も言っていません。

  台湾が国内でいくら 「 一中とは中華民国 」 と言っても国際的には通用しませんし、まして中国が認める筈がない。

  胡錦濤が 「 92年合意 」 を口にしたのは、台湾に 「 一中 」 を認めさせるための罠です。

  一旦 「 一中 」 を認めれば台湾は中国の地方政権になり、対等の交渉ができなくなるのです。


  西太平洋、波高し/中国はハワイイ以西をシナ海にするつもり


  台湾の運命を握るのは米国です。日本に台湾を吐出させ、蔣介石政権に与えた国だからです。冷戦 ( 朝鮮戦争 ) が始ったため、その後のサンフランシスコ平和条約でも日華平和条約でも、日本は台湾・澎湖諸島の主権を放棄しただけで、帰属先は明記できませんでした。

  以来、台湾の国際法上の地位は未定のままです。


  そして1971年10月の国連第2758号決議案 ( アルバニア決議案 ) により、中華人民共和国が中華民国の一切の権利を引継ぐと公認されました。それ以後、台湾が 「 中華民国 」 を名乗る限り、中華人民共和国の併呑は時間の問題となるのです。


  「 中華民国 」 を継承した民進党は、台湾が併呑される危険を温存したのです。


  馬英九は5月20日の総統就任演説で、 「 中華民国総統の最も神聖なる職責は憲法の護持だ 」 と断言しました。

  上記 「 92年合意 」 の 「 一中 」 承認と相俟ち、馬英九中国国民党政権は、併呑への道を設定したのです。


  民進党の再建を含めて、台湾本土派の政治勢力を 「 一党独大 」 の中国国民党に対抗できるように育てる作業の目処はついておりません。


  米国の次期大統領が民主党か共和党かに関りなく、目下の米国は中国との馴合いが主要路線ですから、台湾の前途は風前の灯火です。


  日米台韓が生延びるには、台湾→沖縄→日本からハワイイまでの太平洋の西半分のシナ海化を狙う中国の勢力圏拡大構想を阻止せねばなりませんが、我国にその覚悟と備えがありましょうか?