中国が専制を繰返す理由

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伊原注:以下は 『 関西師友 』 平成19年12月号掲載の拙稿 「 世界の話題 」 217 です。

  少し手を入れて掲載します。



中国が専制を繰返す理由



      封建専制の無限反復


  『 中国社会の超安定システム── 「 大一統 」 のメカニズム── 』 ( 研文出版、1987.5.25/1992.9.15 ) を読みました。化学者金観濤と中国文学を学んだ夫人劉青峰の共著です。邦訳は若林正丈・村田雄二郎。著者は二人とも中国史家でないので、斬新な論が出ました。


 秦以来、二千年続いた中国の封建専制支配体制は辛亥革命で終らず、文革で再現しました。その理由と克服法を探って反復構造を分析した本です。サイバネティックスとシステム論を使った所がこれまでにない新しいところです。


 著者曰く、社会は内部に経済・政治・文化 ( イデオロギー ) の 3サブシステムを持つ。サブシステムはそれぞれ発展し続け、相互に調整し続けている。中でも、活動が最も活発で変化が最も速い経済システムの発展が三者の均衡を狂わせ、社会に危機をもたらし、調整を強いる。調整後に新規の適応形態を生めば、社会は新形態に発展する。西欧がそうして発展してきた。


 中国は違う。 「 超安定システム 」 を内蔵していて、新形態に発展しないのだ。3サブシステムの相互不適応が極まって社会が危機を迎え、維持できなくなって崩壊すると、各サブシステム内に生れていた新構造の芽も一緒に潰れて元の木阿弥となり、一から出直して旧秩序のコピーが再現するだけだと。


       「 大一統 」 の循環構造


 著者曰く、中国は秦の始皇帝以来、中央集権の専制支配が出現した。この政治安定下で中国文明は栄え、天下の中心となり、人々の憧憬の的となった。但し、賽の河原の石積みと同じく、あるいはシジフォスの神話の如く、石を積んでも崩れ、山へ石を運びあげても転げ落ちる。そして常に一からやり直しとなるのである。


 西洋は近代以降、資本主義が封建社会にとって代り、進歩の時代を迎えた。だが中国は秦以来、専制支配を繰返し、ついに西欧に抜かれた。なぜか?

 宗法一体化という大一統保全機構を内蔵していて新規なものを圧殺するからだ──というのが著者の答です。


 社会構造は前述の通り、政治・イデオロ・経済の三者から成ります。中国封建社会は、大一統の官僚政治+儒家正統論+地主経済の君主専制支配体制です。儒教が 「 修身斉家治国平天下 」 「 忠孝イデオロ 」 で国と家を結び、科挙官僚となった儒生が皇帝の専制支配を支えます。

 これが、国家の一体化を実現する大一統システムです。その強靱な再現力を、著者は 「 超安定システム 」 と称びます。


 官僚制は肥大化・腐敗化し、大規模な農民叛乱を誘発してサブシステム中に生じた新芽を摘取り、王朝が交代します。農民叛乱の破壊力は凄まじく、無主農地が 6割に及び、人口も半減します。そしてこの破壊が大きいほど、次期王朝の寿命が伸びます。破壊が小規模だと、群雄割拠の分裂状態になってもたつき、 「 新規蒔き直し 」 が中途半端になるのです。


 易姓革命は、常にやり直し、前代の完全崩壊後の構築なのでゼロからの出発です。そして強い復原力が旧王朝のコピーを再現します。


      西欧社会の発展構造


 西欧封建社会の構造は、貴族・教会+基督教+領主経済の領主分権割拠体制です。西欧では、領主経済の中に都市が生れ、商人と逃亡農奴が市民となり、都市が自治権を獲得して自立し、やがて王政を倒して資本主義を確立します。


 西欧には、中国のような王朝のコピー復原力がなく、封建王政が再生産されませんでした。だから新構造が発展するのです。新構造のサブシステムの間には、相互調節機能が確立していて、歴史が進歩します。


 西欧では国王が、割拠する領主貴族との対抗上、貴族と利害が衝突する新興知識階層 ( 市民 ) と連携し、新興知識階層が進歩発展の担い手になったが、中国では知識階層は科挙官僚として権力を支えたため、新興勢力の担い手になれず、専制支配が再現するほかなかったのだと。


( 伊原追記:西欧の知識階層は、科学革命の新知識を取り入れたのに対し、中国の知識階層は古典の丸暗記という尚古思想の金縛りに遭っていたため、 「 知識 」 の面でも進歩発展の担い手になれませんでした )


      高度文明と停滞の共存


 安定した中国は、旧時代最高の文明を生みました。でも進歩しなかった。強い超安定システムが、文明のさらなる発展を抑えるからです。中国人が早くに火薬・紙・羅針盤などを発明しながら、やがて西欧に後れをとるのは、超安定システムが硬直化と停滞をもたらすからです。


 面白い議論なので紹介しましたが、問題を二つ感じました。


 第一、ロシヤも中国同様、専制支配を反復するが、中露に共通点があるか?ロシヤの専制支配の反復は、どう説明するのがよいか?


 第二、辛亥革命後も中国では専制支配が横行しているが、この理論で説明できるのか?


 私はかねて、中国政治の専制体質を 「 版図の過大・民族の雑多・漢字の幻想・尚古思想 」 に求めてきました。


      中国の専制体質は痼疾?


 農業帝国の過大版図は、専制でしかまとめられない。実は専制でも統合は無理なのです。無理だから統合に大半のエネルギーをとられ、建設は人の褌 ( 外国の援助 ) に待つほかなく、政府は口を出すだけで、自力建設がお留守になるのです。


 民族は、 「 漢族 」 でさえ雑多でまとまりません。言葉は元来 「 音 」 から始まりますが、方言の違いからして、漢族は決して一民族ではありません。種々雑多な民族の寄せ集めです。


 科挙の名残で、漢字を書けば知識人同士は意思疏通できるため、擬似一体の幻想を生み、統合不能の現実に目をつぶらせてきました。


 中国は、近代国家と異質の専制帝国です。彼らは西欧諸国の圧力を受けて専制からの脱皮を試みますが、経済の工業化は外資に育てさせられても、専制政治は袁世凱も軍閥も国共両党も守り続けて現在に到っています。


 但し、私の論にも問題があります。 「 過大・雑多 」 が専制を不可避にするなら、多民族のインド亜大陸でどうして民主制が実施できているのか?

( 07・11・14 )