トランプ當選の要諦 - 伊原教授の読書室

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           トランプ當選の要諦



伊原註:これは、『關西師友』2017年新年號 16-19頁に載せた

    「世界の話題」(321) の採録です。

    多少手を加へてありますが、文意徹底のための手入れであつて、

    文章の趣旨は全く變へてをりません。









       ドナルド・トランプ大統領當選の謎


 トランプさんが米國大統領に當選するとは、殆ど誰も豫想しなかつた驚天動地の事態です。

 第一に、惡口雑言する彼は、暫くすれば消える道化と見られました。

 それが共和黨の大統領候補になつたばかりか、

 民主黨の有力候補ヒラリー・クリントンを蹴落して見事大統領に選ばれました。

 當然、其後この謎解きがわんさと出ました。


 私の理解する限りで、この謎解きの要點は三つあります。


 第一の要點は、トランプさんは大統領に當選するつもりが無かつたことです。

 無欲だつたから、あんな大膽な發言が出來たのです。


 出馬を計劃してゐたトランプさんが、選擧參謀に指示しました。

 「大統領予備選では、二番で終ればよい」

 「目標は二桁の得票率、そして二番になることだ」と。


 この段階で、トランプさんの出馬目的は、自分と自分のビジネスの宣傳だつたやうです。

 そこで「企業獻金によつて買收されぬ、抗議する大統領候補」といふ謳(うた)ひ文句を掲げ、

 「ワシントンのエリート政治に對する聲なき草の根大衆の不滿を代辯して善戰した」

 ──といふ實績を殘さうとしたのです。


 宣傳ですから、思ひつきり派手に振舞ひました。

 ご存じの通り、罵詈雑言の限りを投げかけました。

 それが、本人も意外とするほど受けたのです。


 受けた理由は、既成政治への大衆の失望反感です。

 ワシントンに巣喰ふ既成政治家連中は我等の思ひを踏み躙(にぢ)つてゐる──

 といふ下層中産階層と草の根大衆の失望反感です。


 これがトランプさん當選の第二の理由になります。


 皮肉なことに、當選を目指して出馬してゐたら、

 トランプさんは“絶對”當選してゐなかつたであらうことは、大方の判斷通りです。


 トランプさん當選の、この第二の要點も頗(すこぶ)る大事です。

 共和黨の既成勢力もトランプさんの躍進を阻(はば)めませんでした。


 それほど、今回のアメリカ大統領選擧は「既成政治態勢への反感」が強かつたのです。



       オバマ/ヒラリー民主黨への反感


 ヒラリー民主黨陣營の劣勢は、

 民主黨支持の米國マスメディアの報道を見てゐては判りません。

 今回の大統領選擧を視察した宮崎正弘さんによれば、

 ヒラリー候補の選擧演説の會場はガラガラ。

 廣い會場にばらばらに坐る二三百名の聽衆を民主黨贔屓のメディアは演壇の前に集め、

 萬座の入場者の如く見せかけて、ニュースで流してゐた由。


 何しろCNNは「クリントン・ニューズ・ネットワーク」と言はれるほどの民主黨寄り、

 クリントン贔屓ですから。


 ヒラリー會場に引換へ、

 トランプ候補の演説會會場は押寄せる大觀衆の熱氣で滿ち溢れてゐた由です。


 「現場を見れば、どちらが當選するかは一目瞭然だつた」

 と宮崎さんは書いてゐます。


 我國の大使館員も特派員も、大統領候補の演説會場に行くのをサボつて、

 民主黨寄りのテレビを見てゐただけではないか──と疑ひたくなります。


 マスメディアが左翼リベラルに染まり偏見で凝り固まつてゐる事態は我國も同じですが、

 インターネットの普及に連れて、若者層がこの偏見から自由になりつつあることは、

 ご存じの通りです。


 優柔不斷なオバマ民主黨大統領への反感──といふ第三の要點も大事です。

 この點で、同じく米國の弱さを露呈したカーター大統領を批判して當選した

 レーガン大統領の前例が想起されます。


 トランプ候補は、意識的にレーガン候補を模倣してゐます。

 例へば Make America great again は、

 1980年の大統領選擧でレーガン候補が使つた

 Let's make America great again を踏襲してゐます。


 全米マスメディアから徹底的に輕蔑されて登場したといふ點でも、

 トランプ候補はレーガン候補と瓜二つです。

 だからトランプ新大統領も、

 レーガンのやうに“偉大な大統領”に變身するかも知れません。

 少くとも、當選判明後のトランプ新大統領の發言は極く理性的常識的です。



       グローバリズムを拒否した大衆


 トランプ候補の大統領當選により判明した

 二つの重大な潮流にも注目しておきませう。


 第一の潮流は、ソ聯崩壞後、世界を席捲した

 グローバリズム、インターナショナリズムの潮流を否定する動きです。


 英國のEU脱退の國民投票もさうでしたが、今回のアメリカ大統領選擧でも、

 移民の急増がきつかけとなり、愛國主義や地域主義が昂揚(かうやう)しました。

 これは、國際金融資本や軍産複合體など、

 巨大資本が國境を無視して稼ぎまくる強欲(がうよく)資本主義への反感です。


 ひところ、今や國境が點線となりつつあり、軈(やが)て消えてしまふと言はれましたが、

 國境は嚴然として實線のままです。


 實は、經濟面で國境が點線になりかけても、政治面では實線のままでした。

 そして今回、經濟面でも“分を知れ!”といふ動きがはつきり出てきた譯です。

 國際金融資本の傍若無人の振舞に、“好い加減にせよ!”“限度を心得よ!”といふ

 ブレーキがかかつたのです。


 これが、第二の潮流と關連します。

 左翼リベラルが屯(たむろ)するマス・メディアの凋落(てうらく)です。


 彼等は正にグローバリズムやインターナショナリズムの擔ひ手であり宣傳教化役でした。

 “普遍的なもの”を掲げて愛國主義や地域主義を踏み躙(にじ)つてきました。

 その天下無敵の筈の教導役が、今回の米國大統領選擧で、如何に大資本の奉仕者であり、

 社會を支へる中産階級や草の根大衆から浮き上つた存在であるかといふ實態を暴露したのです。


 大新聞や有名テレビが擧(こぞ)つて批判したトランプ候補が大統領に當選したことは、

 エスタブリッシュメント(既得權益層)と癒着したマス・メディアの

 無力化を實證したことになります。

 インターネットの普及が、マスコミでなく、ミディコミやミニコミを發達させ、

 マス・メディアの影響力を殺(そ)いだのです。

 草の根が今や發信力まで持ち始めたのですから、情報世界の樣變りは大變なものです。


 ご存じの通り、若者層が新聞も讀まずテレビも見なくなつて久しく、

 新聞社がどんどん潰(つぶ)れる時代を迎へております。

 この動きには功罪兩面が考へられますけれども、

 世の中が以前とは大分違つて來てゐることは誰の目にも明かです。


 そして今回の米國大統領選擧は、

 “無冠の帝王”だつたマス・メディアの偏向ぶりを立證したのです。



       選擧法を改め、民意を汲み取れ!


 一見指導者に相應(ふさは)しくない人物が當選する事態が

 既得權益政治への拒否現象であることを、

 本誌四月號に掲載した「トランプ現象と大衆の叛逆」で指摘しておきました。


 平成七年(1995)四月の統一地方選擧で青島幸男・横山ノックの東京都・大阪府知事當選が、

 我國政治での轉換點(利權政治からの轉換)を示してゐたのに、自民黨がその教訓を理解せず、

 我國では今だに有權者の動員に成功してゐません。

 「既成政治家への愛想づかし」は、平成12年(2000)の長野縣知事選擧で田中康夫が當選し、

 利權屋の溜り場「縣議會」と果敢な鬪爭をやつた時に再現されてゐます。

 縣議會との鬪爭以外に碌な政治實績がないのに再選されたのは、

 長野縣民の「利權政治」への愛想づかしですが、

 我國の中央地方の政治は一向改善されぬばかりか、テレビのお遊び時代を反映して、

 もつと酷くなつてゐます。


 政治家は、有權者の年齢を十八歳にまで下げましたが、

 そんな小手先改正では有權者は踊りません。

 投票率が五割に滿たぬ選擧が續くのを見れば、

 我國の既成政治家が如何に有權者から愛想をつかされてゐるか、

 我國の民主主義や投票行動が魅力を喪つて如何に久しいかが判ります。


 どうして選擧をもつと魅力的にしないのか?

 魅力的人材を養成しようとしないのか?

  (それとも、考へたくはないが、

  (ひよつとして日本は既に衰弱滅亡の段階に入つてゐるのか?

  (今のテレビの愚劣さを見てゐると、

  (そして誰も彼もが自分のことしか考へず、

  (天下國家のことなど知らぬ顔をしてゐるのを見ると、

  (さうぼやきたくもなります)


 選擧集會に屋台まで出て、親子連れで演説會に參加する

 台灣の選擧の面白さを知つてゐる私には、

 選擧法を改惡して我國の選擧を面白くなくしてきた政治家の愚かさが理解し兼ねます。


 中選擧區制を復活して同黨候補間でも競(きそ)はせる、

 立會演説會で候補者を比べさせる、

 個別訪問を認める等々。


 有志の支援者が二人一組で個別訪問をして投票を依頼する、

 受訪側は政見批判や希望を言ふ。


 これが候補者に傳はり、草の根の思ひが政治家に届いて政治が活性化します。

(平成28年11月25日)