主權を護る國にならうではないか! - 伊原教授の読書室

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    主權を護る國にならうではないか!


伊原註:これは『關西師友』二月號 10〜13頁に載せた「世界の話題」(300) です。

        ほんの僅か補筆してあります。

        論點の主旨は「中共政權の領海侵犯を放置するな」です。




          我國は芯から腐つて來たのか?



  近頃、テレビのニュースを見たくなくなりました。

  母親が我子をいびり殺す。

  妻が遺産を狙ひ夫を毒殺する。

  日本人は芯が腐つて來たのでせうか?


  ニュースは見なければ不愉快は避けられますが、一國の對外關係はさうは行きません。

  主權侵犯や反日宣傳を放置すると、獨立が脅かされます。


  由々しき問題は、

  久しく續く中國海警局船の尖閣領海侵犯と、

  昨年11月に俄に起きた中國漁船二百餘隻の小笠原諸島・伊豆諸島の領海侵犯です。


  後者について我政府は、罰則が輕過ぎるので重くしようなどと言つてゐますが、

  我國の漁船が外國領海を犯したらどうなりますか。

  「拿捕されるのはましな方で、いきなり銃撃された例も數多い」(昨年11月8日附『産經』)

  それなのに我國は罰金で濟まさうとしてゐるのです。

  我國は果たして“主權國家”なのか?


  こんな國に誰がした?


  みんなで寄つてたかつてだらしない國にして來たのです。

  この儘では私達は、我國を立派な國に育てて來た先祖や先輩にあはす顔がない!

  それで良いのですか?



          小笠原諸島領海侵犯の前例



  『産經抄』も書いてゐるやうに、今回の“珊瑚密漁”事件には前例があります。

      (霞山會『中國總覧一九八〇年版』146頁以下)


  昭和53年/1978年4月12日、

  尖閣諸島附近に突如五星紅旗を掲げた漁船百餘隻が現れ、その一部が領海を侵犯しました。

  海上保安廳の巡視船が退去を求めた所、漁船の一部が領海外に出たほかは

  「尖閣諸島は中國領」と主張して居坐りました。


  翌13日、外務省の田島中國課長が駐日中國大使館の宋文一等書記官に退去を要請しても、

  宋書記官は尖閣諸島が中國領だと主張して要請に應じません。

  この日、中國漁船の領海侵犯は38隻。


  14日、在中國日本大使館の堂ノ脇公使が

  中國外交部の王曉雲アジア局次長に漁船退去を申入れたら、

  事實關係を調べる、日中關係に惡影響のないやう望むと

  間延びした回答をしました。


  15日、田英夫團長率ゐる社會民主聯合訪中團が人民大會堂で耿飈副首相と會見した際、

  田團長が質 (ただ) したら  耿飈曰く、

  これは偶發事件で平和友好條約とは無關係、

  尖閣領有權問題は將來の解決に委ねよう、

  中國は尖閣問題で厄介事を起すつもりなしと。


  わざわざ平和友好條約に言及したのは“語るに落ちた”といふものです。

      (つまり、平和條約締結に壓力をかけた、といふことです)

  中國漁船團が全部領海外に退去するのは18日午後です。


  21日、王曉雲アジア局次長は堂ノ脇公使に「今回の事件は偶發事件」と正式回答。


  廖承志全人大副委員長・中日友好協會會長が宇都宮衆院議員に

  「紛爭を防ぐため、今後中國漁船を尖閣諸島に近寄らせぬようにする」と語る。

  日本の反應を試してみたんだよ、といふ譯です。



          第一次尖閣諸島侵犯の教訓



  これは、ケ小平と示し合せた耿飈が直接指揮して發動した事件です。

  專制支配を誇る中共政權が、一隻二隻ならともかく、

  百隻以上の漁船に“偶發事件”を起させる譯がありません。

  中國漁船は全部中共海軍の統制下にあり、武裝までしてゐますから。

  それに、かういふ集團行動の時には、

  解放軍や武警、更に民兵が漁師に僞裝して混り込み、統制をとつてゐる筈です。


  狙ひの第一は、日中平和友好條約締結に向けた搖さぶりです。

  當時我國は、ソ聯を敵視する“霸權條項”の書込みを澁つてゐたので、

  それを條約に書込むやう、壓力をかけたのです。


  狙ひの第二は、尖閣領有權の主張の小手調べです。

  日本が棚上に反對しなかつたので、これは行けると自信を深めた模樣です。

  だから以後、中國の尖閣領有論はどんどん強くなります。


  例へば1992年2月25日に第七期全人大常務委員會が公布・施行した

  「中華人民共和國領海及び接續水域法」の第二條では

  尖閣諸島を「中國の領土」と規定しました。


  我國はこれに對して強い抗議をしてゐません。

  だから益々中共政權に嘗められるのです。


  清華大學卒業後、習近平の初仕事が中央軍事委員會辦公室勤務、國防部長耿飈の秘書です。

  これを三年間續けました。

  そして習近平は、日本は押せば引く軟弱國と理解しました。

  今回の中國漁船の小笠原諸島・伊豆諸島周邊の領海侵犯は、明かに先輩の真似です。


  中國漁船が小笠原海域まで來るには、數百萬圓の油代が要ります。

  そして今回、二百隻もの漁船に油を支給して遠征させたのは中共海軍です。

  だから主權侵犯は斷じて放置してはならない。

  罰金如きで濟ませてはなりませぬ!



          日本の戰後政治の總決算が必要



  問題があります。

  戰後の我國は「普通の國」ではありません。


  第一に、日本弱體化の占領政策を引きずつてゐます。

  占領基本法に過ぎぬ“新憲法”を“獨立”後も後生大事に守つて來ましたし、

  自衛隊を、國内では警察官僚の支配下に起き、對外では米軍の下請け状態に置いた儘です。

  重要な武器、例へばヂェット戰鬪機を自國で設計してをりませんし、

  イーヂス艦も米軍お仕着せのイーヂスシステムで機能してゐますから、

  我國獨自の行動はできません。


  また、日本人を日本人たらしめる機軸である國語を粗末にして、

  日本人らしい日本人が育たなくした儘です。

  漢字制限・略字・現代假名遣は、

  戰後育ちの若者に戰前の書物を讀ませぬ米占領軍の陰謀なのに、

  戰後“獨立”してからも私達はそれを護持して來ました。

  今更元へ戻せとは言ひませんが、高等教育機關である大學では、

  戰前の文章が讀める國語教育を施すべきです。


  この國語改變で恐ろしいのは、語彙の激減です。考へが淺く、類型的になるからです。

  從つて大學での重點的國語教育は必須なのに、

  日本の學者は戰前の文章をわざわざ略字・現代假名遣に書換へて引用する始末です。

  戰後日本人が淺薄になつたのは、國語の改惡が大きく影響してゐます。


  問題の第二は、反日日本人の激増です。

  戰後の大きな對外問題の大半は、日本人が火を附けてゐます。

  慰安婦問題も日本人が提起して世界中で日本の低評價を招來したことは、

  最近『朝日新聞』が紙面で告白した通り。

  嘘がばれたので、彼等は「誤報」と言つて誤魔化しましたが、あれは確信犯の仕業です。

  そんな新聞を數百萬人の日本人がお金を拂つて購讀してゐるのですから、

  戰後の日本はをかしい。


  戰前の日本では、

  支那事變を泥沼化して日本に敗戰革命を齎さうとした共産主義者尾崎秀實は少數派でしたが、

  戰後はあらゆる手段を使つて日本を貶め、日本を亡ぼしたい反日日本人が到る處に居ます。

  まともな人も大勢居るのに、反日活動に氣附かぬ人が少なくありません。


  米國は、日本が大東亞戰爭を徹底的に戰つたことに恐怖を覺え、

  戰後日本が近隣諸國と反目するやう手を打ちました。

  ソ聯に南樺太や千島列島を與へ、日本が歯舞色丹二島返還を求めると

  國後擇捉も加へて四島返還を求めさせたのは米國です。


  朝鮮半島南半分を占領してゐた間に反日教育をさせました。

  李承晩ラインの設定や竹島占據もその延長上にあります。

  でも米國には日本自立歡迎派も居ますから、日本が積極的に意志を表明せねばなりません。


  日本が自立して「普通の國」になるには、次の二つの大作業が必要です。


  第一、我國民が自立を決意すること。

  第二、我國の自立が東アジアの安定に、

        更に世界の安定に貢獻できる所以を、各國に理解させること。


  この作業は二つとも大事業ですが、これをやらないと、我國は存亡の危機に瀕します。

(平成26/2014.12.20/平成27/2015.4.3補筆)