> コラム > 伊原吉之助教授の読書室
佐藤優『小説日米戰爭』
伊原註:これは『關西師友』七月號 10-11頁に載つた「世界の話題」293號の採録です。
少し増補してあります。
日米戰ふべからずの教訓書
面白い本を見附けました。
佐藤優『小説 日米戰爭』(K&Kプレス、2013.9.26) 1600圓+税
大正九(1920)年出版の樋口麗陽著『小説 日米戰爭未來記』を、
佐藤優さんが大膽に「超譯」した上、
大正九年がどんな年であつたかを説明し、
原作を現在の時點で「どう讀取れるか」を逐一解説、
最後に今日本に必要な「思想戰」をどう戰ふか、
つまり「本書を今讀直す意味」を書いたものです。
日米戰爭豫想論は日米兩側で澤山出てゐて、
ワシントン會議のあと、
ロンドン海軍軍縮條約のあと、
海軍軍縮會議脱退通告後と、
幾つかの波で「日米若し戰はば」が論じられました。
私はこの類(たぐひ)の本を三十餘册持つてゐるのに、
樋口麗陽著は、殘念ながら無し。
本書が出た1920年は ヴェルサイユ會議が終つた翌年、
ワシントン會議召集の前年です。
日本は英米側に與(くみ)して戰勝國となり、
英米協調を國策にしてゐた時期なのに、
早くも日米戰爭を豫想したとは鋭い。
冒頭の『小説 日米戰爭』の超譯部分の筋書はかうです。
本書出版の年から七十餘年後の二十世紀末に日米が開戰し、
米艦隊の新兵器により、日本艦隊が一度ならず二度までも派遣した艦隊が全滅する。
米國の「新兵器」は、電波利用の空中魚雷(即ちミサイル、射程 500`) です。
同じく電波利用の海中魚雷もありますが、これは殆ど活躍しません。
日本海軍も新型潛水艦で捲返す。
日本の派遣艦隊を二度撃破した米國艦隊が、
勢ひ込んで日本本土攻略のため小笠原諸島まで來た所、
日本の新型潛水艦が反撃して全滅する。
米國は新規艦隊派遣を企圖するが、
米國内で叛亂が相次ぎ、隣國メヒコも宣戰布告して米國に攻込む。
日本側に獨露伊メヒコ ブラジルが附き、
米國を支持する英佛と對峙する。
シナが對日參戰して日本軍を陸戰でも海戰でも苦しめる。
新生シナ軍は、百年前と違ひ、見違へるやうに強くなつてゐる (147頁)。
濠洲も對日參戰する。
あはや再び世界大戰? と危惧される死鬪の末、
日米兩國は媾和して次の戰爭に備へる、云々
──といふお話です。
「宇宙戰艦やまと」みたいな空飛ぶ戰艦まで (構想段階ですが) 登場し、
實際の日米戰爭を知る私達が不用意に讀むと
“荒唐無稽”と受取り兼ねないお話なのに、
佐藤優さんの手にかかると、
それが今後の日本の進路を示す「貴重な教訓」になります。
自分の目が節穴かどうかを試すリトマス試驗紙みたいな本です。
現在への教訓:思想戰に備へよ
樋口麗陽が凄いのは、未來の日米戰爭が
電波に代表される科學戰になる、
技術革新の戰ひになる
と喝破してゐる點です。
但し、電波操縱のミサイルまで構想しながら、
さすがにレーダーは察知してをりません。
日本海軍が小笠原諸島で米艦隊を全滅させる「最新式偵察機」が積んでゐるのは
「強大な望遠鏡」であつてレーダーではない (127頁)。
私は大東亞戰爭中にラヂオ少年でしたから、
日本軍の電探 (電波探知機、即ち レーダー) や無線電話の不備は悔しい限りです。
八木アンテナの開發や、
昭和十五年の東京オリンピックで世界初のテレビ放送が豫定されてゐたことを考へ、
日本はもう少しましな戰ひ方ができた筈──との思ひが殘ります。
第一次大戰後、日本が武器の技術革新に追隨し損ねた話については、
經濟力が不足してゐたのが根本問題であつたとする
片山杜秀『未完のファシズム──「持たざる國」日本の運命』
(新潮選書、平成24/2012.5.25/平成25/2013.1.15 8刷) 1500圓+税
といふ卓抜な書物があります。ご注目下さい。
さて、佐藤優さんが本書に注目した最大の點は、
「日米が戰ふと世界戰爭になるから絶對戰つてはいけない」
といふ主張です。
これを言ふために、本書 (原版も、復活版も) が刊行されたのです。
佐藤優 曰く、現代は新帝國主義の時代である。
それは先づ經濟力による霸權爭ひとして顯現するが、
經濟力を裏附けるのは軍事力である。
そして目下、日本が直面するのは中國の軍事力である。
尖閣諸島を巡り、日中兩國は武力衝突の危險に直面してゐる。
武力衝突すれば日本の自衛隊は中國軍を尖閣諸島から放逐できようが、
その代り日本は、國際的に孤立する恐れがある。
日本は「戰鬪に勝つて戰爭に負けた」
支那事變・大東亞戰爭の二の舞を演ずる危險あり──と。
そして日本は大東亞戰爭の敗戰後、
占領基本法に過ぎぬ新憲法を初めとして敗戰國の立場を引きづつた儘
「日本封じ込め論」を打破してゐないのです。
從つて日本が自立するには、何よりも先づ、
日本を敗戰國に押止めてゐる思想戰に勝抜かねばならない、
──といふのです。
日本は國際的に孤立して大東亞戰爭を戰つたため、敗戰の憂き目に遭つた。
國際世論を味方にせぬ限り、次の戰爭(世論獲得戰)に勝てない。
安易に反米を唱へてゐると、今度は本當に滅びてしまふよ、
──といふのが、佐藤さんの警告です。
(平成26/2014.6.5完稿/8.17補筆)