晩年の塩尻公明先生- 伊原教授の読書室

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    晩年の塩尻公明先生

          ──社會思想研究會と帝塚山大學──



伊原註:以下は、塩尻公明研究會で平成25年 7月27日 (土) に行つた報告レジュメです。



        中谷 彪 (なかたに かおる) 大阪教育大學名譽教授/文學博士の下記 3册の著書、


        『塩尻公明:求道者・學者の生涯と思想』 (大學教育出版、2012.1.10)

        『受取るの一手──塩尻公明評伝』 (大學教育出版、2013.1.20)

        『塩尻公明評伝──旧制一高教授を断った学究的教育者』

            (桜美林大學北東アジア総合研究所、2013.2.20)


        に欠けてゐる「社會思想研究會と帝塚山大學」の部分を補つたものです。

        だから資料になるやうに、少し詳しく書込みました(報告後に若干増補しました)。


        塩尻先生の愛讀者は全國に根強いので、その方々も讀めるやうにと考へ、

        ここに記録することにしました。

        (以下は正字・歴史的假名遣を用ひ、鹽尻公明と正字を使ひます)





I.社會思想研究會 (社思研) と鹽尻公明先生 (1901/明治34.11.6−1988/昭和63.6.12):


(1)記録に殘る活動:

    (以下、み=大阪支部機關紙『みをつくし』/社=『社會思想研究』)


イ) 社思研の起源:東京帝大退職後の河合榮治郎先生を戴く研究會


  青日會 (青年日本の會):Young Japan

          1840年代に英國保守黨の若手が組織した青年英國黨 Young England に因む命名

          イタリヤ獨立前に マッツィーニ も Young Italia を組織した。


  1939/昭和14.1.25 河合榮治郎教授、東京帝國大學休職處分

        この頃から河合門下生達が隔週 1回 河合邸で會合

        軈 (やが) て、報告後に議論する研究會に發展

  1941/昭和16. 2. 5  主要メンバー が 執筆して『日本戰時經濟論』(中央公論社) 刊行

  1944/昭和19. 1.23  河合研究所に發展:

                      ドイツ部長 木村健康/イギリス部長 土屋清/東南アジア部長 關嘉彦

                2.15  河合榮治郎、急逝。河合研究所、自然消滅

                      「15日會」毎月集り師を偲ぶ


ロ) 社思研と鹽尻先生:公開講演會・夏の千早合宿・神戸讀書會・大阪讀書會

  1946/昭和21.11. 1  土屋清・石上良平・關嘉彦ら 20名が創立總會開催

                      理事 7名、事務局長=關嘉彦  鹽尻公明先生は當初より會員

                      (會員は研究・報告擔當/會友は催しに參加するだけ)

  1947/昭和22. 4.    五項目の綱領策定:署名者は 7名 (山田文雄/長尾春雄/木村健康/

                      土屋  清/石上良平/關  嘉彦/猪木正道)

                      人格の成長/自由擴大/社會主義實現/民主政治擁護/世界平和維持

  1948/昭和23. 4.    鹽尻公明 46歳、

                      長年の無理が祟つて血壓異常を來し、絶對安静の身となる。

                9.10  『社會思想研究會月報』(B5版 4頁) 創刊號發行

                      「會友」募集、伊原吉之助 應募

  1949/昭和24. 2.25  『月報』第6號に鹽尻公明「讀書雑感」掲載 (執筆は 2月 3日夜)

                      (デ・クインシー『阿片秘話』新月社/井本稔『ナイロンの發見』創元社の 2册)

                5. 3  關西支部設立 (支部長=音田正巳 大阪社會事業專門學校教授) メンバー 30人

                7.    鹽尻公明 47歳、神戸大學教授に轉任

                      教育學部で 政治學・社會科教育論を講義

              10.16  關西支部講演會:鹽尻公明「個人主義」/講演後 1時間 會友が質疑

              11.15  社思研、臨時會員總會:中川俊一郎・音田正巳を理事に追加

  1950/昭和25. 1.    月報を『社會思想研究』(B5版) と 改題/増頁 (8頁〜14頁)

                3.28  新制神戸大學經濟學部の合格發表:伊原吉之助、合格 (都島工專電氣科卒)

                      この日、鹽尻公明『自と他の問題』讀了し、頗る敬服する。

                4. 5  伊原吉之助、鹽尻先生を訪ねて住吉學舎でも大倉山のお宅でも捕まらず

                      18-19歲位の眼の クリクリ した女性が應接。2日から明日まで旅行中の由。

                      音田さんの紹介状と自分の名刺を渡し、演題の早期通知をお願ひした。

                4.14  伊原吉之助、鹽尻先生に初對面:住吉學舎 (神戸大學教育學部) 2階の研究室

                      講演日程の打合せ。木村健康さんの空き時間との調整。5.7 (日) に決る。

                5. 7  關西支部結成 1周年記念講演會 (朝日 4階講堂) :13:00 開催/聽衆 500名

                          會員  鹽尻公明「イギリス の 功利主義」

      【公開講演會】會友 伊原吉之助の要約(社2-5/5月號, 11頁):以下は鹽尻先生の分

                      英國功利主義は今なほ顧みられるべき價値を持つ。大抵の人々は人生の目的は

                      幸福と考へてゐるのである。彼らは結局は理想主義へ行かねばならないのだが

                      理想主義は屢難解高遠に過ぎる。功利主義は平易で日常生活に溶け込んでいる。

                      それ故大多數の人々にとつては功利主義から理想主義に行くのが最善である。

                      功利主義は理想主義への通路として永久的意義を持つ。未だ合理主義の洗禮を

                      受けてゐない我々には、功利主義のやうな徹底した合理主義・個人主義を普及

                      徹底せしめることは殊に必要である。

                          理事  猪木正道「平和の條件──社會主義の發展不均等」

                          理事  木村健康「福祉國家について」

            音田正巳(社21-7/7月追悼號,26頁):この講演で木村さんは、


                      「思想から言つても風貌から言つても、日本のジョン・スチュアート・ミル、ここに在り」

                      と鹽尻さんを評したね。

  1951/昭和26. 7.    鹽尻公明 49歳、神戸大學教育學部長に就任

  1953/昭和28. 6.15  關西支部例會 (朝日本社 3階):塩尻公明「社會改革と宗教」(社5-6/7 掲載)

              9.-12. 第一回關西ゼミナール:講師=音田正巳/テキスト=河合榮治郎『社会政策原理』

                      9.14〜12.14 に 12回會合して終了

              10.31  關西支部に「土曜會」發足:關西在住會員の研究會 (河合學派+高田保馬學派)

                      創立會員に鹽尻公明先生も參加/毎月第四土曜日午後に研究會開催

              11.28  關西支部「土曜會」發足:關西在住會員の研究會 (河合學派+高田保馬學派)

  1954/昭和29. 2.    神戸大學教授 鹽尻公明・北野熊喜夫、社會思想研究會の理事に選任

              4.-10. 第二回關西ゼミナール:講師=音田正巳

                      テキスト=Durbin,The Politics of Democratic Socialism,1940.

                      以上は豫告。實は (社6-10,27頁):關西ゼミナール は 4月以來ベヴァン『恐怖に代へて』

                      カー『新らしい社會』、粟田賢三『社會主義と自由』の合評を行つて來ましたが、

                      9.11 から Durbin を テキスト に 研究を始めました。

                4.24  河合榮治郎教授十周忌記念關西講演會 (大阪):

                              木村  健康「教養と生活」

                              北野熊喜夫「新しい社會主義の立場」

                              鹽尻  公明「河合教授と手近かの理想主義」(社6-6掲載)

                8.21/22/23 新居濱・松山・宇和島講演會(社6-8/9):

                              鹽尻  公明「社會改革と宗教」

                              北野由紀夫「經濟革新の方向」

                              音田  正巳「民主主義の運命」

              10.    伊原吉之助 (神戸大學大學院在學) 會友 → 會員 に昇格

  1955/昭和30.5.9-7.11 (10回連續) 毎週月曜日 18:00-21:00 社會科學古典講座 (關西)

                      テキスト 5册=ショウ『フェイビアン社會主義論集』(音田正巳)/シュタイン『社會の概念』

                      (猪木正道) /マアシャル『經濟學原理』(北野熊喜夫)/ケインズ『雇傭・利子及び

                      貨幣の一般理論』(木下和夫)/テンニイス『ゲマインシャフト と ゲゼルシャフト』(向井利昌)

                7.11  社會科學古典講座、盛會裡に終了

                7.5-11. 第二回關西ゼミ、千早で合宿して Durbin 讀了。譯書を出版部から出す豫定

                7.12  社會科學古典講座、會場 (朝日大阪本社 3F)で懇談會 開催

                      テキスト=ハイエク『隷從への道』(創元社、一谷藤一郎譯)

                      講師=音田正巳理事・向井利昌會員

              10.10- 第三回關西ゼミナール募集:10.10 より隔週月曜日 18:30-20:30 (10回)

              10.24  第三回關西ゼミナール 2回目、「嘗ての河合ゼミ に匹敵する」高度な議論を展開

              11. 7  神戸大學支部の合宿研究會、鹽尻先生とわかくさ旅館で合流 (社7-12,10頁):

                      神戸大學支部では會員向井助教授 (經濟社會學) を中心に エドゥアルト・ハイマン『共産

                      主義・ファッシズム・民主主義』の讀書會を續けてゐるが、11.6-7 に古典美を尋ねて

                      奈良に遊んだ。初日は藥師寺から唐招提寺を巡つたが、晩に思ひがけなく20年に

                      一度の公開といふ春日大社の古式床しき舞樂を見る幸運に惠まれた。科學と世界

                      觀の相互關係を巡つて拂曉まで續いた同夜の論議に於て、伊原會員は改革者的見

                      地から兩者の有機的綜合といふ實踐的立場の重要性を、柿木會員は研究者として

                      は飽くまでも兩者を峻別してイデオロギー的偏差を超え得る普遍的眞理の發見に努む

                      べきことを、向井會員は世界觀に對する科學の低位性と、同時に理論科學への沈

                      潜の必要を強調した。第二日 (7日) は若草旅館の故河合教授の部屋に勉強に來て

                      をられた鹽尻先生を尋ねてお話を伺ひ、先生の書かれた掛軸の文章に河合教授を

                      偲んだ。午後奥山を巡り、新若草山の頂上から見た暮れなずむ奈良盆地の美觀に

                      感激して歸學、直ちに晩の關西ゼミナールに馳せ參じた。(柿木健一郎)

  1956/昭和31.5.-12. 第四回關西ゼミナール

                        Aクラス (哲學) ムーニエ『人格主義』講師=鹽尻公明・音田正巳

          cf. 第四回關西ゼミナールだより (社9-1/1857.1月號,48頁):昨年 5月に始つた ゼミ は

                      12月10日の社會學クラス を 最後に終了しました。

                        哲學クラス の ムーニエ『人格主義』が 難しくてついてゆけなかつた、

                      ムーニエ の 説く人格主義が ピン と來なかった といふ聲が

                      一部 (大部分?) から 強く出ました。→ テキスト の選定失敗

      【千早合宿1)】社8-6 (6月號) 35頁に「第一回夏期研究會 (關西)」の募集記事を掲載

                    場所:大阪府南河内郡千早村字千早、大阪府立『山の家』 (舊稱「存道館」)

                    費用:大阪より交通費往復約 200圓、宿泊料 1日 300圓

                7.14-16 千早合宿1) (み 5號/社 8-8) 參加者 57名 (男 31/女 26)

                        講義聽講だけ/一泊者/二泊者 と自由選擇できた (勤務者に好評)

                  14 (土) 18:00集合、入浴・夕食

                        「開會の辭」音田正巳理事/「歡迎の挨拶」山の家 濱詰榮次郎館長

                        ユーモア溢れる自己紹介 と レクリエーション (合唱 と ゲーム)

                  15 (日) 午前  講義「近代社會の基本的動向」向井利昌

                                    「都市における犯罪と社會教育」柴田善守

                                    「福祉國家への道」音田正巳

                          午後  講義「河合榮治郎と倉田百三」鹽尻公明 (社8-9掲載)

                                質疑應答・討議

                          晩    大阪支部大會 (規約案審議・支部長と役員決定) /レクリエーション

                  16 (月) 午前  自由時間 (殆どが金剛山登頂)

                          午後  反省會/大掃除/解散 (後片附け〈道案内を回收〉しながら下山)

      【アンケート】(み 5號,1面):各講義は時間不足、趣旨を充分聽きたい/講義が專門的で難解/

                グループ討議を望む/食事が豐かで滿足/レクリエーション をもつとやりたい/

                參加者同士・先生方と懇談したい/初對面同士が和氣藹々とやれた/

                參加して良かつた etc.

  1957/昭和32. 神戸支部讀書會豫告(社9-1,42頁):

                      テキスト=鹽尻『宗教と人生』『絶對的生活』『生甲斐の追求』(共に現代教養文庫)

                      自由討議。鹽尻公明理事が 毎回出席。2.12より 隔週火曜日 6-8時開催

                2.12  神戸支部讀書會1) (新聞會館):鹽尻公明を圍む自由討議 (司會=柿木健一郎)

      【神戸支部便り】(社9-3/3月號,41頁):第一回は、2.12 (火) 晩 6時 から 8時まで

                      神戸新聞會館内の關西電力サービス・センター會議室で行はれた。

                      出席者=鹽尻理事以下20名。テキストに入らず自己紹介と座談を行つたが、

                      職業と生甲斐の關係を巡つて、技術者と事務家の比較が熱心に論議された。

                      次回=神戸大學教育學部長室。

                      『生甲斐の追求』中の「我が人生觀の變遷」を中心に勉強する。

                      場所は第一回と同じ場所 (柿木健一郎)

                2.26  神戸支部讀書會2) (學部長室):鹽尻公明講話、參加者との論議

      【神戸讀書會2)出席記録】(み 12號 2面):鹽尻先生のお部屋で、新顔も見え、机に向かふ

                      鹽尻先生を中心に『生甲斐の追求』中の我が人生觀の遍歴の御話から

                      先生の經驗に基く人間性の信頼、自己愛、利他愛につきお話下さいました。

                      果して人間性は信頼できるものであらうか。

                      又手放しでさうしてよいものであらうか。

                      各自の問題の中から高邁なる學問的・經驗上の質問あり。

                      論議は 母親の在り方、母性愛父性愛につき 意見實に活潑(T)

                2.26  神戸支部讀書會2) (學部長室):鹽尻公明講話、講話と參加者との論議

                3.12  神戸支部讀書會3) (新聞會館): (以後も隔週に開催/鹽尻先生を圍んで 2時間)

                4.22  15:00〜 京大支部公開講演會:鹽尻公明「社會改革と宗教」

                      (京大支部結成紀念講演會/年初より讀書會・研究報告會などを開催)

                      同日晩、鹽尻公明、神戸支部讀書會に出席

      【關西だより】(社9-5/5月號,32頁) :4.22 (火) 午後 3時より 京都大學法經七番教室で

                      神戸大學教育學部長鹽尻公明氏の講演會があつた。

                      これは今年初めから活動を始めた京都大學社會思想研究會主催の學内講演會で、

                      猪木正道教授の挨拶と社會思想研究會の紹介のあと、

                      鹽尻教授が「社會改革と宗教」と題して、

                      宗教と社會改革とは兩立しないのではないかといふ

                      ある愛讀者からの疑問に答へる形で、兩者が二にして一である所以を説明した。題

                      最後に柴田善守講師が今後の抱負を述べて閉會。

                      このあと かなり 入會者があつた模樣。參加者約400名 (吉)

                7. 8  神戸支部讀書會 (前期最終回):三宮中央亭で夕食會。鹽尻先生に感謝を捧げる

                      柿木記 (み 16號2面):「先生のお宅にも隨分御迷惑をかけた讀書會のあと、

                      先生の所謂「赤塚山茶房」で コーヒー を御馳走になり クラシック音樂に耳を傾けるのは

                      我々にとつて抵抗し難い魅力であつたが、奥樣にとつては大變なことであつたと

                      思ふ。奥様に深く御禮申し上げたい」

                7.     鹽尻公明 55歳、神戸大學教育學部長 4選

      【千早合宿2)】社9-5,36頁/社9-6, 26頁に「第二回夏期研究會 (關西)」の 豫告/募集記事

                    1泊3食附 350圓/4泊5日中、「何日の何食目〜何日の何食目」で申込受附

                    參加 42名 (社):地域=地元京阪神や奈良のほか、札幌・東京・長岡・名古屋からも

                    (男28/女14)    支部=長岡・大阪・神戸・慶大・京大・神戸大

                7.13-16  (み 17號/社9-8):13-14 は 一般向け/15-16 は 學生向け

                  13 (土) 晩、入浴・夕食/音田理事・濱詰館長 挨拶/自己紹介/懇談/合唱

                  14 (日) 午前  講義「續・人格主義と社會主義」鹽尻公明

                          午後  講義「社會主義と民主主義」音田正巳

                          質疑應答・討議

                          晩    レクリエーション (ゲーム)

                  15 (月) 午前  講義「人間の平等性について」鹽尻公明

      【伊原の講義メモ】 1)ムーニエ の 讀書會での話「人格の平等が實感できぬ」/

                    少女の手紙「能力の不平等を超えた人格の平等を實感するにはどうすればよいか」

                  答案:人間は不平等に生れてゐるが故に平等への欲求が強い。

                    平等でなければならぬと思へば思ふほど 不平等を實感するやうになる。

                    シモン曰く、「人間は どの點で平等で どの點で不平等か、

                    「人間は どの點で平等であるべきで どの點で不平等であるべきかを

                    「判別して考察せねばならぬ」

                    2)自己の可能性に對する信頼:可能性としては 至上善に到達し得る

                    (倉田百三「一夫一婦制について」)。

                    本當の偉大な社會理論は、一方に於て強烈な平等要求と共に、

                    他方、不平等の是認を含んでゐる。宗教思想にも この 二面の結附がみられる。

                    3)生れ附の不平等も殘念だが、生れ附いた素質を良く生かし得ない殘念さも

                    これに劣らず深い。→ (社會思想) 實質的平等を望まず、機會の平等を問題にする。

                    處が機會の均等だけでは社會生活に於て滿足出來ない。

                    4)「人間の平等」に對する認識の不平等性。これを認識してゐる人は少なく、

                    程度に差がある。大部分の人々は平等を欲しがり乍ら不平等に執着してゐる。

                    初めから「平等でなければならぬ」と考へてゐると平等感が得られず、

                    寧ろあらゆる不平等を甘受しようといふ心構へになると、平等感を得やすい。


                          午後  講義「現代日本文學について:所謂 ベストセラー文學について」服部  正

                          晩    音田理事を圍んで共同討議:日本の封建遺制・前近代性が論議の中心

                  16 (火) 午前  金剛登山/晝食後、解散

  【三宅和男さんの參加記】 (み 17號、57.8.15日號 2面) :(名古屋大法4)

                          1)飛込んでみて初めて知つた社會思想研究會の第一印象は、此の會が穩健に

                          しかも熱心に社會思想について研究しようとする人達の集りであることでした。

                          火の出るやうな熱意を持ち、それでゐて上品に穩かに人格主義者らしい態度で

                          話される人達ばかりでした。

                          2)參加して良かつたのは、合宿内容が講義・討論會など堅苦しいものぱかり

                          でなく、時間的餘裕が充分あつて種々な人達と話し合へたことです。

                          又特に參加者が互ひに樂しめた レクリエイション が あつたことでした。

  【中村  馨さんの參加記】 (み 同上、3面):(長岡支部員) 長岡から千早まで汽車・電車・バス と乘繼ぐ

                          こと 15時間餘。心臟破りの石段を上り、「山の家」の元氣に溢れた

                          樂しさうな雰圍氣に觸れて「來て良かつた」と しみじみ思つた。

                          顔見知りは音田先生と伊原さんだけだが、ほかの方々もずつと前から

                          知合つてゐたやうな氣がした。自己紹介後、起居を共にしてゐるうちに

                          鮮やかに浮び上る人間群像はいかにも社會思想研究會に相應しい。

                          それは屹立する千早の山々の香りを湛へ、飽くなき眞理探求の姿そのもの

                          といふ印象は、今回の最大の收穫だつた。

                          同じ目的に結ばれた人間關係の織成す綾の譬へやうもない美しさは、

                          ずつと忘れられない。

【第五回關西ゼミナール】(み 18號 2面/社 9-9,50頁):2月開始。マンハイム『現代の診斷』を テキスト に 柴田・向井・

                          鹽尻 3講師出席 の下、「引續き隔週月曜日午後 6:30〜8:30 に 總同盟

                          會館で行ふ」旨を告知。

【向井利昌さんの回想】(み 69號 1面):「鹽尻先生について」

                          特に印象の深い思ひ出は 昭和30年から 33年迄社會思想研究會關西支部が

                          隔週に開いてゐた關西ゼミナール に 先生と 一緒に參加したことである。

                          この ゼミナール は第一年目 (昭和30年→31年) が ハイエク の『隷從への道』を、

                          第二年目 (31年→32年) が マッキイヴァ の『社會學』を、

                          第三年目 (32年→33年) が マンハイム の『現代の診断』を、それぞれ テキスト とし、

                          講師は 第一年目が 音田正巳教授 と 私、

                          第二年目 と 第三年目 とは 柴田善守大阪市大家政學部講師と私であった。

                          場所は 第一年目 と 第三年目が 總同盟會館で、

                          第二年目が 天王寺圖書館であった。

                          鹽尻先生は 熱心に出席され、私などの 淺學な講述にも耳を傾けられ、

                          まだ若い一般會員と共に議論を交へられたのである。

                          その御姿には、限りない眞理の大道を求めて止まない、

                          どんな素朴な意見でも敬意を以て受入れる、

                          自由な求道者の面影が滲み出てゐた。

                          この ゼミ の 歸途、數人の若い人達を交へて先生と御一緒に

                          梅田邊りの喫茶店に入り、コーヒー を 飲みながら

                          愉快な歡談の一時を過してゐたことも懐かしい思ひ出である。

  伊原註:この ゼミ は 哲學・經濟學・社會學 の 三つあり、向井さんは社會學を擔當した。

              10. 1 (火) 神戸讀書會 再開:隔週火曜日 午後 6〜9時/テキスト:E.H.カー『新しい社會』

                          讀書會のあと、毎回喫茶店へ繰込み、議論の續き+談論風發

                          毎回出席者から20圓づつ集めて積立て、夕食會などで還元

      【津村咲子 (神戸支部長) 神戸支部だより】(社9-12/12月號,44頁) :

                          1)神戸附近に會員會友が増え、今年2月、神戸支部が出來ました。

                          鹽尻先生を圍む讀書會といふ魅力に 多樣な人々が隔週火曜日の晩

                          讀書會を持ち、『宗教と人生』『絶對的生活』を テキスト に

                          人生論・宗教論・人生經驗論が飛び交ひます。

                          後半に鹽尻先生の神戸大學教育學部長室を會場に侃々諤々、

                          中年婦人の發言が多く、PTA の如し 等と冷かされたりしました。

                          讀書會後 先生直營の赤塚山喫茶に ぞろぞろ 參加し 茶菓 の おもてなし、

                          レコードコンサート に 酔いしれ、いつもいつも 樂しく

                          又よい讀書會を 7月迄持ちました。

                          2) 7月 8月 9月に亙つて神戸大學支部と合流し有志の主婦方と

                          エンゲルス の『空想より科學へ』を 讀み、實に活潑に 時に激論を交はす程

                          議論が沸立ちました。理論を學ぶ現役の學生と、生活感覺で勉強してゐる

                          主婦との物の捉へ方の違ひを知り、學問の大切さを痛感致しました。

                          眞夏の朝10時から晝1時迄の讀書は夏負けしさうな頭に良い刺戟でありました。

                          3)10.2 より E.H.カー の『新しい社會』を テキスト に 神戸新聞會館、大阪商船ビル

                          の兩所交替で常時 15人の出席を得て 時に激しく 時に穩かな讀書會を

                          開いてをります。11.26 (火) には アメリカ人で E.H.カー の 友人 Prof.Spalding を

                          お招きして、國際都市神戸らしい讀書會を持ちます。

                          この方は フルブライト交換教授で大阪外語に西洋史を教へに來てゐらつしやる由、

                          社思研の漸進的な行き方等 いろいろと話が伺へると樂しみです。

                          この企劃には 大阪外大の 學生の參加希望が多く、

                          急に『新しい社會』を讀み始めた人が殖えたとか。

                          次回 又御報告致します。

              10.  鹽尻先生、長岡支部で講演 (み 21號,2面):

              11.26 (火) 神戸讀書會:大阪外大講師 スポールディング教授、流感で缺席

              12.10 (火) 神戸讀書會:スポールディング教授、カー『新しい社會』につき 講話

                          (英語、通譯なし)

                          質問活潑。8:00 後、近くの喫茶店で 9:30 まで 講師を圍んで歡談

              12.16 (月) 神戸讀書會忘年會:元町黄華樓 に 13名參集

  1958/昭和33. 1.14 神戸讀書會:元町壽屋 2階、19:00-21:00

                1.28 神戸讀書會:元町壽屋 2階

                2. 1 土曜會 ダービン『民主社會主義の政治理論』講評會 2日目、

                    第五章擔當の鹽尻公明、都合により延期

                2.11 神戸讀書會(元町壽屋 2階):14:30〜21:00 カー『新しい社會』が テキスト。

                    個人主義的民 主主義から 大衆民主主義への轉移を巡り、

                    自然法の評價につき立入つた論議

                2.25 神戸讀書會(元町壽屋 2階):14:30〜21:00

  【津村咲子「讀書會の中での日々」】(み 24號、58.3.15日號 2面) :知りたい氣持が強かつたので、

                    社思研の讀書會にも一人で飛込んで自分なりの智慧の噛碎きをしながら、

                    ここ數年、仲好しの友達が 中國視察に行き、歸國して中國の學習の良さに感激し、

                    讀書會をしようとのこと、讀む テキスト で 難航を續けながら、今は ヒューバーマン の

                    『資本主義經濟の歩み』と『現代日本の思想』(何れも岩波新書) を0

                    婦の集りで讀んでゐます。意見は百花繚亂です。

                    神戸支部の E.H.カー の『新しい社會』と 上記の二つと合はせて

                    三つの讀書會の中で、物事に對する感受性の鈍い私も、

                    自分の中の感覺が一つ一つ血となり肉となつてゐる氣持です。

                    多くの人が少しづつ良き方向に向つてゐる中で、取殘されてはいけない、

                    勉強して行きたいと思ふ日々です。

                6. 2 神戸讀書會(み 27,1面/社10-6,28頁):今月から芦屋公民館に變更。

                    會場の都合で今月 2回だけ火曜日でなく月曜日にする

                6.16 神戸讀書會:18:30-21:00  カー『新しい社會』讀了

                7.12 (土)  神戸讀書會 (社10-8,28頁):カー の 著書を讀終えたので、

                    芦屋の津村支部長宅 で 夕食懇談會開催。

                    9月に讀書會 再開。テキスト=フロム『自由からの逃走』

      【千早合宿3)】(み 27號 2面/社10期研究會 (關西)」募集記事掲載/1泊 3食附 400圓/2泊3日

                千早合宿3) 報告記事 (み 29號 1-2面/社 10-9,28頁) 參加者 39名 (男19/女20)

                7.19 (土) 晩、音田理事・濱詰館長の挨拶/自己紹介/大阪・神戸支部大會/レクリエーション

                  20 (日) 午前  講義「道コ教育について」鹽尻公明

                          午後  參加者發表「中共貿易の見通しについて」島田公嗣

                                          「平和大會に出席して」今村惠子

                          晩              「ビューロクラシー と 人間」筆谷  稔

                          22:00 まで 共同討議

                  21 (月) 午前  自由時間/金剛登山

                          午後  解散

  【横井弘美さんの參加記】 (み 29號、58.8.15日號 1面):(神戸大院生) 社思研に漲る真摯な態度、

                          それでゐて明るく親しみ易い輕快な雰圍氣、殊に女性の清楚な感じが、

                          私には何よりの清涼劑となりました。丁度今、合宿の寫眞が届きましたが、

                          その折の一齣一齣が樂しく腦裡に甦つて參ります。

                          鹽尻先生の道コ教育に關する御講義、島田・今村・筆谷三氏の研究發表と

                          質疑應答、伊原氏指導の混聲合唱、天眞爛漫な遊戯、金剛山登頂……、

                          そして別れ。終始貫徹した ゲマインシャフト的空氣が言葉となり歌となつて

                          邊りの靜寂を破り「また逢ふ日まで」を約したあの別れの一時、

                          それは殊に感銘深いものでした。ゲゼルシャフト の 中 に 期せずして

                          ゲマインシャフト的空氣を認め、淺薄輕佻な流行の蔭に清楚な花を見出し、

                          富力の衒示をよそに人の世を思ふ誠實な人間像を探り出したことは、

                          私をして千早合宿を忘れられないものに致しました。

  【鹽尻先生の剽輕な一面】 (み 同上、「編輯後記」より):

                          千早合宿の最終日、晝食後一足先に歸られる鹽尻・音田兩先生と藤井氏を

                          “また逢ふ日まで" の合唱で見送つたとき、鹽尻先生が帽子をぬいで

                          “頑張れーっ" と激勵して下さつたのには感激した。府立「山の家」の

                          玄關から少し出ると、下りる人達が階段 (例の心臟破りの階段) を

                          降り切つたとき姿が見えるので、みんなで歌ひ續けながら待つてゐたら、

                          “ヤッホー" といふ 呼び聲、“ヤッホー" と答へたら“バカヤロー" と

                          返つてきた。見送る者にバカヤローとは何事ぞ!?  今の聲は藤井氏らしいが、

                          今度會つたら只では置かんぞと思つてゐたら、後で聞く所によると、これは

                          鹽尻先生の煽動 (?) によるもので、“バカヤローッ" と怒鳴れば、

                          “ガンバレーッ" と聞えるといふ學説に基く由。鹽尻先生御自身、

                          下まで見送つて行つた「山の家」の館長さんらに自ら自動車の窓から

                          “バカヤローッ" と怒鳴られたさうである。

                          “バカヤローとは激勵の言葉とみつけたり"

                      伊原註:これは翌年も繰返される。

  【川村峯子さんの參加記】 (み 30號、58.9.15日號 2面) :(社大學生)

                          「樂しかつた千早合宿──音田先生への手紙」7.22記。

                          1)昨日、千早合宿から再び大阪に歸つてきたものの、あんまり樂しかつた

                          のでまだ現實の生活に戻れさうにありません。「樂しかつたなあ」

                          「ほんまにみんな誠意に溢れた氣持の良い人達やつたなあ」

                          歸りの電車の中で、私達はこんな言葉を繰返してゐました。

                          そして自由で伸び伸びとした社會思想研究會の方達の勉強ぶりに引換へ、

                          私達は何と餘裕のない學生生活に終始してゐることか、

                          自分の專門に凝り固まらず、もっと 幅廣く學ばねばならぬと意見一致し、

                          俄然 ファイト を燃やして別れました。

                          2)感慨無量の中で 最も忘れ難いのは、19日晩の星空の下での討議です。

                              (恩師音田先生との議論省略)

                          3)翌日の鹽尻先生の「道コ教育について」、私は 鹽尻先生の お話の内容

                          より、諄々と説かれた靜かな口調、そして 道コ教育に對する先生の謙虛な

                          態度に心を打たれました。殊に先生が 河合榮治郎先生から「夏休は人生の

                          何分の一かに相當する大切なものである。故に、その年の夏休みはどう過し

                          たかが何年經つてもはつきり言へるやうに過しなさい」と言はれたことは

                          今も忘れぬと仰つた時、私は後悔と希望と感動で體内が燃える思ひでした。

                          そして今日、實習の歸途旭屋書店に入り、買ふ氣もなしに書棚に見入つてゐ

                          た所、『我が心の歌』といふ題、その下に鹽尻公明といふ名を見附けました。

                          何氣なく手にとつてふと開いた頁にかうありました。

                          「人間は誰でも若い時には能力の不平等に惱むものである。私もさうであつた。

                          しかし後年私は能力の不平等より、寧ろ與へられた自分の能力を如何に活用す

                          べきかに惱み苦しんだ」

                          4)これは又驚きでした。鹽尻先生が最初に仰つた「バックボーン のある人間になる

                          とは 自己自身になることである」とは、どんな障礙に遭つても、常に自己の

                          可能性を信じ、その開發に努力することだと悟りました。いろいろ考へさせ

                          られることの多かつた一日でした。

                          5)こんな意義ある集ひにお誘ひ頂き、千早でもたつく私達にお心遣ひ戴きまし

                          たことを感謝致します。御健康をお祈りしてゐます。

                          〜 神戸讀書會 (社10-11,26頁):以後 隔週木曜日の晩に 芦屋市立公民館

              9.19        で鹽尻先生を圍んで フロム の『自由からの逃走』を讀んでゐます。

                          毎回 30人を突破する盛會ぶりです。

              10. 9  神戸讀書會 (み 32號,2面):フロム

      10.23  神戸讀書會 (同上):フロム『自由からの逃走』

              11. 6  神戸讀書會 (み 33號,2面):フロム『自由からの逃走』

      11.20  神戸讀書會 (同上):フロム『自由からの逃走』

              12. 4  神戸讀書會 (み 34號,1面):フロム『自由からの逃走』

              12.18  神戸支部忘年會 (み 34號,1面/社11-1,24頁):芦屋の公民館で開催

  1959/昭和34. 1.27  神戸讀書會 (み 35號,1面/社11-2,24頁):隔週火曜日開催 (テキスト=フロム)

                2.10  神戸讀書會 (み 36號,2面):フロム『自由からの逃走』

                2.24  神戸讀書會 (同上/37號,2面):この日「珍しく鹽尻先生缺席」

                3.10  神戸讀書會 (み 37號,2面):フロム『自由からの逃走』

                3.24 (火) 神戸讀書會 フロム『自由からの逃走』第五章「逃避 の メカニズム」

                4. 7 (火) 神戸讀書會 (み 37號,2面/社11-5,26頁) :18:30-21:30


                      フロム『自由からの逃走』  第六章「ナツィズム の 心理」

                      毎回 鹽尻先生御指導の下 開催。輪番で發表してをり、最近頓に活潑な意見が

                      鬪はされて極めて有意義な會合。讀書會のあと30分は テキスト を離れて映畫評、

                      書評、研究會報告、勤評鬪爭報告、原水爆反對鬪爭集會參加報告、母親大會

                      參加報告等各人が樣々な話を持寄ることにしてゐる。この集ひの メンバー の

                      特色として、あすなろ會を初め、主婦・學生・サラリーマン の三者がざっくばらんな

                      意見を鬪はすところ、全國でも その例は 極めて尠いと思はれる。

                6.    鹽尻公明 57歳、神戸大學教育學部長 任期滿了

      【千早合宿4)】み 39號/社11-6,24頁に「第四回夏期研究會 (關西)」募集記事/1泊3食 400圓

                7.18-20  千早合宿4) (み 41號,2-3面/社 11-8,26頁) 參加者 43名 (男24/女19)

                  18 (土) 晩    山崎宗太郎大阪支部長・濱詰館長の挨拶

                                講義「資本主義の變貌と社會主義の將來」音田正巳

                                活潑な討議/自己紹介/合唱/ゲーム/就床(多數が館外で語り合ふ)

                  19 (日) 午前  講義「向坂逸郎における人間の研究」鹽尻公明

                          午後  大阪・神戸兩支部大會/各地(東京・長岡・新潟・神戸・大阪・

                                京大・神戸大・奈良女子大)の活動状況報告/支部交歡 グループ討議

                          晩    グループ討議の内容報告/合同討議

                  20 (月) 午前  會友報告「科學技術の自主的發展による日本經濟の強化」石部 亨

                                        「デノミネーションについて」水谷靖治

                                        「政治技術としての大衆操作」木村  汎

                        鹽尻・音田兩先生「教授級だ」「いや、教授にもこれだけの話ができる者は

                                    さうざらには居ない」このあと金剛山登頂、14:00 晝食、解散

  【四回目を迎へた千早合宿】(み 41號、59.8.15日號 2面) :伊原吉之助記「内容益々充實」

  【遠藤欣之助さんのお便り】(み 同上 3面):1)初參加だが、今回の合宿は纏りを缺いてゐた。

                        講師の話が討議で受止められてゐない。2)會友報告は充實。このやうな

                        充實感と 3名の報告者に對する今後の發展への希望を感じて終へられたのは

                        喜びであつた。3)金剛山登頂も愉快。4)下山は、鹽尻・音田兩先生と共にし、

                        自動車に同乘させて頂いた。伊原さん初め居殘る人々に見送られた。

                        「さやうなら、バカヤロー」「さやうなら、バカヤロー」 すると 鹽尻先生も大聲で

                        「オオバカヤロー」 私は また來年、最終日に經驗したやうな充實感を期待して、

                        再び「バカヤロー」を言ひにやつて來たいものだと思つた。

              11.13  神戸讀書會 (み 45號,2面):大島康正編『現代の思想』I人間の自由について

              11.27  神戸讀書會 (み 同上):大島『現代の思想』II傳統か變革か

              12.11  神戸讀書會 (社12-1,39頁):今年の最終回

              12.26  關西支部合同 (神戸・大阪・京大) 懇親會:神戸支部長 津村咲子さん宅で

  1960/昭和35. 1.22 (金) 神戸讀書會 (社12-2・3,64頁):鹽尻理事出席、初會合、互に新春の抱負を語る。                      そのあと 大島康正編『現代の思想』第三章「個人と國家」につき 意見交換。

      【千早合宿5)】み 特別號 (7.10)/社12-6,26頁に「第五回夏期研究會 (關西)」の募集記事を掲載

                    テーマ:民主社會主義の再檢討/1泊3食 400圓

                7.30-8.1  千早合宿5) (み 53號/社 12-9)

                         參加者 67名 (過去最高記録/非會員の參加あり)

                  30 (土)      講義「社會主義の經濟的意味」音田正巳

                                    「日本における政黨政治」佐藤寛行

                                自己紹介/レクリエーション

                  31 (日) 午前  講義「民主社會主義の人間觀」鹽尻公明

                          午後  グループ討議 (倫理・政治・經濟面から民主社會主義を檢討)

                          晩    合同討議/レクリエーション

                8. 1 (月) 午前  參加者報告「民主社會主義と勤勞者教育」橋下寅次郎

                                        「議會政治の再檢討」田中コ嗣

                                金剛登山/解散

  【石部  亨さんの參加記】 (『社會思想研究』12-9號 23-24頁) :1)この合宿の目的は、不斷ばらばらに

                      生活してゐる會員會友の親睦を圖り、參加者の相互啓發を狙ふもの。2)

                      年々盛んになつてをり、討論内容も年々充實してきてゐる。初めは講義

                      あつたが、其後參加者の意見を取入れて討論重視に移行した。合宿は參加者の

                      と質疑應答が主で積極的參與を促し、好ましい。3)夏の數日を爽かな

                      金剛山に同志が集まつて語り且つ歌ふ氣持は格別。今年初めて連れて行

                      つた小生の妹が、民主社會主義にはさして興味がなかつたにも拘らず、

                      合宿の雰圍氣には無條件に惹き附けられた模樣。

                      會員會友の親睦の場であり研鑽の場でもあるこの合宿に、今後とも全國から

                      多數の參加を期待します。

              11.26  鹽尻公明講演會「宗教についての私の考へ方」(相愛講堂、18:30〜 )

  1961/昭和36. 1.-3. 鹽尻公明 59歳、心臟病で病臥

                7.8-13  長野縣諏訪郡富士見高原で第一回夏期學生ゼミナール開催

                       (往復旅費のみ學生負擔)

                      cf.片岡  俊子「富士見ゼミナール記」(社13-8,20-22頁)

                        伊原吉之助「富士見ゼミナール のこと」(社13-8,23-25頁)

  【千早合宿6)】7.29-31 「第六回夏期研究會 (關西)」鹽尻先生抜きで舉行

                9.-   神戸讀書會、鹽尻理事を中心に ミルズ『ホワイトカラー』を讀む (芦屋公民館)

              11.19  神戸市 御影公會堂で 還暦祝賀會/『鹽尻公明先生著作目録』配布

              12. 2  阪大社思研 第三回講演會 (み 70號,2面):鹽尻公明「社會改革の道コ哲學」

  1962/昭和37. 2.17  鹽尻公明「河合先生の思ひ出」(社14-3,4-7頁):私自身の性格や好みからすると、

                      できれば生涯の殘りは書齋に閉ぢこもつて暮したい。しかしその書齋のなかで讀ん

                      だり書いたりする内容と方向は、どこかで一切の人々の人格成長と幸福達成に繋り、

                      社會の進展と繋るものでなくてはならない。さうでない限り、私自身の人生が腐敗

                      し、書齋の生活そのものが無意味となるのである。河合先生は、このことを、身を

                      もつて示す最も貴重な教訓として、私に殘して下さつたやうに思はれる。

                4.    鹽尻公明「民主主義の道コ哲學」(社14-4,2-20頁):第一節  唯物史觀と道コ哲學

                      第二節  相對主義的價値觀と道コ哲學

                7.    鹽尻公明「民主主義の人間觀序説」(社14-7,58-72頁):

                9.-  神戸讀書會、E.H.カー『歴史とは何か』を讀み始める (芦屋・津村宅)

              10.    鹽尻「利己心・利他心の問題:民主主義の人間觀・その二」(社14-10,66-81頁)

              12.17  神戸讀書會、E.H.カー『歴史とは何か』を讀了し、懇親パーティ開催

  1963/昭和38. 1.    鹽尻「人間性における平等:民主主義の人間觀・その三」(社15-1,2-18頁)

                4.    鹽尻「人間性における合理的要因と非合理的要因:その四」(社15-4,37-52頁)

                4.22- 神戸讀書會 (毎月第一・第三月曜日)/ガルブレイス『自由の季節』(岩波書店)

                7.    鹽尻「人間性における協同への傾向と鬪爭への傾向:その五」(社15-7,30-43頁)

              10.    鹽尻「人間性における個性:民主主義の人間觀・その六」(社15-10,33-50頁)

              10.13  第二回秋季研究集會 (花屋敷) に鹽尻出席、日本の安保につき詳しく意見開陳

  1964/昭和39. 1.    鹽尻「大衆心理の非合理性と民主主義・その七」(社16-1,26-40頁)

                4.    伊原吉之助「河合榮治郎の教養論」(社16-4,14-33頁)

                      鹽尻「大衆心理の非合理性と民主主義 (2):その八」(社16-4,41-61頁)

                7.    鹽尻「マスコミュニケーションと民主主義─大衆 (3):その九」(社16-7,44-43頁)

              10.    鹽尻「マス・デモクラシーと大衆の人間性─大衆 (4):その十」(社16-10,29-50頁)

  1965/昭和40. 1.    鹽尻「マス・デモクラシーの權力構造と大衆の能動性:その11」(社17-1,40-58頁)

                2.27  中教審「期待される人間像」共同討議に鹽尻 紙面參加 (社17-4,19-27頁)

                4.    鹽尻「政治的無關心の問題─民主主義の人間觀:その12」(社17-4,50-72頁)

                7.    鹽尻公明「民主主義の人間觀─要約と補説:その13」(社17-7,61-78頁)

              10.    鹽尻「J.S.ミルの『自由論』における人間觀─民主主義の人間觀:その14 (完結) 」


                      (社17-10,29-48頁)

  1968/昭和43. 8.    鹽尻公明「河合先生の手紙」(社20-8,13-22頁)


II.帝塚山大學と鹽尻公明先生:(日=私の日記より)

    帝塚山大學への轉任の紹介者 は 音田正巳氏 (鹽尻公明・伊原吉之助・柿木健一郎 の 3人一緒に)


    音田正巳氏 (大阪府立社會事業短期大學教授・大阪府立大學經濟学部教授) は

      帝塚山學園理事長兼帝塚山大學初代學長の森磯吉・帝塚山大學學監熊澤安定兩氏と親しく、

      帝塚山大學教養學部の創立時から相談に參與してゐた。

      帝塚山大學教養學部の構想に河合榮治郎の教養論が反映してゐるのは、

      音田正巳氏が關與してゐたからである。


    鹽尻先生は、心臟疾患を抱へ乍らも、帝塚山大學の學生との種々の學外活動に快く參加された。

      私も御一緒した中で、新藥師寺での一泊、バスに乘つての浄瑠璃寺行などは忘れ難いが、

      何日のことかが特定できない。鹽尻先生の日記には記録されてゐる筈。


    當時の帝塚山大學には、創立時の沸き立つやうな活氣が漲つてゐた。

      ある助教授が、「日曜祭日に我家に居ると、何か損をしてゐるやうに思ふ」と述懷したほど、

      學内の人間關係は躍動してゐた。

      教授は研究室に茶菓の準備をし、學生はゼミとは關係なく、自由に出入りして歡談してゐた。


  1965/昭和40. 3.31  鹽尻公明 64歳、神戸大學定年退職。

                4. 1  帝塚山大學教授に就任。擔當科目=「社會思想史」「現代社會制度の研究」

                7. 8  日=鹽尻先生のお話だと、お宅で夏寝苦しい思ひをしたことは一度もない由。

                      全く羨ましい次第 (註:お宅は教育學部學舎のすぐ傍、赤塚山山上)。

              11. 2 (火) 日=基礎演習:鹽尻先生のお話。學生 3人報告。テーマ:功利主義・ベンサム・ミル

  1966/昭和41. 4.22 (金) 日=午後、熊澤學監が研究室に來て、教務部をやつて貰へないかとの話。

                      覺悟してゐたので引受けた。已むを得まい。

                      驚いたことに、教務部長は鹽尻先生だといふ。

                5.    鹽尻公明 65歳、教務部長を併任

                7.    心筋梗塞で倒れる

                9.    教務部長解囑

              10.17 (月) 日=鹽尻先生宅 (答案持參)

  1967/昭和42. 4.    鹽尻公明 66歳、經過良好で 講義再開/「少し舌がもつれる」との自覺あり

                      擔當科目=現代社會制度の研究/ゼミIのみ。社會思想史は 伊原が擔當

                4.17 (月) 日=帝塚山大學開講。午後、鹽尻先生の講義「現代社會制度の研究」を受講。

                      先生のお話ぶり、不斷と全然變らず (舌がもつれることなし)。

                      「大衆社會の問題を取上げる。大衆社會は人間をいかに變化せしめるか、それに

                      對してどういふ對處の仕方があるか」「社會科學者──經驗科學・實證的──として

                      接近せず、社會思想家として接近する。つまり、社會制度の善し惡しを論ずる。

                      善しとはどういふことか。どういふ人間をつくるのが善きことか。これが前編。

                      これを踏まえて後編で大衆社會論をやる」

  1968/昭和43. 3.    『民主主義の人間觀』出版

                4.25  鹽尻先生の御招待 (奈良の茶粥の老舗「柳茶屋」):日=柿木・池宮・禰宜氏ら

                      と一緒に 計 5名

                7. 4  17:00〜 鹽尻先生『民主主義の人生觀』出版記念會

                              (洗心寮。音田正巳・片上明・柿木健一郎・伊原吉之助):

  1969/昭和44. 6.12  鹽尻公明 67歳、帝塚山大學 301教室に於て「現代社會制度の研究」講義中 急逝

                      死亡時刻 11:55/病名=心筋梗塞

                      最後の言葉=「核戰爭を防ぐためにはあらゆる努力を盡さなくてはならない」

                6.19  14:00 奈良縣文化會館に於て帝塚山大學葬

                      そのあと、奈良市わかくさ旅館「河合先生の部屋」で

                    「鹽尻公明先生を偲ぶ」座談會

                          (『社會思想研究』21-7/昭和44.7月號 21-32頁掲載)

                          (「伊原吉之助教授の讀書室」に集録濟)

  1988/昭和63.11.13  鹽尻公明會總會 (於帝塚山大學 4階會議室)

                      報告=伊原吉之助「身近かに見た鹽尻先生」

(平成25/2013.8.1 増補)