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德 富 蘇 峰 の 教 訓
伊原註：これは『關西師友』平成24年12月號 8-9頁に載せた「世界の話題」276號の一文です。
「讀書室」への掲載が遲れたのは、フロッピーが壞れて、折角詳しく増補してつくつて
あつた増補版が讀めなくなつてしまつたから、あほらしくなつて其後の掲載をする氣が
なくしてゐたのです。
清澤冽の『戰爭日記』（刊行版では『暗黒日記』と改題されてゐる）三册と、蘇峰の口述
記録『終戰後日記』四册を詳しく參照して補注も一杯附けてつくつてあつたのに、全部
パーになりました。
それで其後の「世界の話題」の掲載が滯つてしまつたのです。
今回、増補はやめて、殆ど原型の儘、掲載します。
巨人德富蘇峰が遺した教訓
豫々（かねがね）德冨蘇峰（そほう）に關心がありました。
偶（たまたま）『産經新聞』十月二十日附が
澤田次郎「リアリストとしての德富蘇峰と日本の對外政策」
（拓大『海外事情』二〇一二年六月號）
を紹介してゐたので、手許の蘇峰文獻に集中的に目を通しました。
蘇峰德富猪一郎は文久 3年／1863年熊本に生れ、
敗戰を經て昭和32年／1957年歿。享年95歳。
略歴はここには書切れません。
著書は『近世日本國民史』百巻を含め、三百數十册。
その多くがベストセラー。
蘇峰が書き手に專念してゐたら大金持ちになつた筈ですが、
でも印税は經營してゐた新聞社に注ぎ込んで消えました。
蘇峰は自分を新聞記者且つ歴史家と言ひますが、
私の見る所、日本の輿論を指導した時評家です。
彼は、大日本帝國と運命を共にしました。
だから日本現代史學習にはお誂（あつら）への人物なのです。
私がこの一文を書始めたのは、
蘇峰が ｴﾏｰｿﾝ から學んで骨身に徹した
自恃（self-reliance) の精神を紹介したかつたからです。
國防・外交を自前でやれ、日米安保はその次、といふことです。
でも讀者には、蘇峰の口述記録『終戰後日記』四册（講談社、2006-2007年）を讀んで
蘇峰の生（なま）の聲に接して戴く方が良い、と考へ直しました。
米原謙『德富蘇峰：日本ナショナリズムの軌跡』（中公新書、2003.8.25） 780圓＋税 や
澤田次郎『德富蘇峰とアメリカ』（拓殖大學、2011.3.30) 8000圓＋税
といふ好著は、蘇峰の生の聲に接したあとで讀みませう。
なほ、澤田次郎には、
『近代日本人のｱﾒﾘｶ觀：日露戰爭以後を中心に』
(慶應義塾大學出版會、1999.11.15) 4000圓＋税
といふ著書もあり、前編で蘇峰を取上げてゐます。
清澤冽と德富蘇峰の格鬪
清澤冽（きよさわきよし）の『戰爭日記』三册（『暗黒日記』評論社、昭和46-48年）
を併讀されますやうに。
彼は蘇峰同樣、日本を愛し天皇を崇敬した愛國者です。
昭和18年／1943年の紀元節の日に、
「ああ天よ、日本に幸ひせよ。日本を偉大ならしめよ。
「皇室を無窮ならしめよ。余は祖國を愛す」
と書いてゐます。
しかし立場は國家主義の蘇峰と正反對の自由主義で、蘇峰を徹底批判します。
「予は將來、かうした無責任なる論者を指彈すべき責任を持つ。
「世界に於て斯の如き幼稚愚昧な指導者が國家の重大時機に國家を率ゐたことありや」
（昭19.3.10)
これは東條英機批判ですが、蘇峰にも通ずるので引用してをきます。
清澤冽の蘇峰批判の言葉は以下の通り。
大東亞戰爭の責任者、
時局便乘者、
鼠輩、
曲學阿世の徒、
客觀性皆無、
全然見透しを謬つた連中、
陸軍のお雇ひ記者、等々
「日本歴史や日本精神を無暗に誇張して
「對手（あいて）の力を計らなかつたのは、彼等」（昭19.3.16)
「不敬罪は我國に幾つもある。
「（一）皇室、（二）東條英機、（三）軍部、（四）德富蘇峰──
「これ等については、一切批評は許されない」（昭19.4.21)
清澤冽は、後日『現代史』を書くため日記をつけてゐたのです（昭18.8.1)。
「近頃は僕の最も好まぬ本、即ち德富蘇峰だとか『日米戰爭論』だとかいつたものを買ふ。
「（敗戰後に）昔のことを書く準備だ」（昭19.8.26)
清澤冽は惜しくも戰爭中（昭20.5.21）に、急性肺炎で頓死します。
彼は、日米戰爭論者の巨頭德富蘇峰に
「この戰爭が日本にどういふ結果を齎すかを見せたい」（昭19.12.30）
と書きます。
彼の望み通り蘇峰は生延びて、戰後日記を書きました。
清澤冽の『戰爭日記』は、大東亞戰爭中の日本の息吹（いぶき）と著者の批判を傳へてゐます。
德富蘇峰の『終戰後日記』は、戰後の息吹と著者の批判・反省を傳へてゐます。
これらを讀めば、讀者と歴史の生き生きとした對話が成立ちます。
客觀的な學者の著述（上掲 米原謙・澤田次郎の二册）を讀むのは、そのあとの話です。
（2012.11.9/2013.2.15補筆)
追記１）私の立場は清澤冽に近いのですが、蘇峰も尊敬してゐます。
蘇峰の『終戰後日記』を讀むと、彼が「記者」reporter ではなく、
世論の指導者だつたことが判ります。
政治家ではないが、政治的関心の高い理念家ですね。
江戸時代の儒學者に似てゐます。
だから實際政治に深く關つたのです。
それにしても、『終戰後日記』を讀んで、彼が「實情」に疎いのには驚きます。
消息に通じてゐないと、「指導」は無理です。
清澤冽が大東亞戰爭中の蘇峰の言辭を「空疎」「觀念的」といふのは、
實 (まこと) に尤もであります。
追記２）蘇峰の本領は、歴史家たることにあつたと思ひます。
「蘇峰嫌ひ」を自認する林房雄が、『大東亞戰爭肯定論』
（番町書房、昭和59.1.5 新裝改訂第12版)
で、かう書いてをります (111頁)。
「蘇峰嫌ひの史家が少くない……が、
「蘇峰畢生の勞作『近世日本國民史』百巻に關する限り、
「蘇峰は他の何者であるよりも前に歴史家であつた」
林房雄は、征韓論解明のため『近世日本國民史』の三巻を參照して
敬服してゐるのです。
追記３）若い人に：下記のうちどれかを是否一度お讀み下さい。
蘇峰『近世日本國民史』全百巻のどれか
杉原志啓『蘇峰と『近世日本國民史』──大記者の「修史事業」』
(粕谷一希／都市出版、1995.7.30) 4800圓＋税
米原謙『德富蘇峰：日本ナショナリズムの軌跡』（中公新書、2003.8.25） 780圓＋税
蘇峰『終戰後日記』四册（講談社、2006-2007年）のどれか
澤田次郎『德富蘇峰とアメリカ』（拓殖大學、2011.3.30) 8000圓＋税
（平成25年/2013年 3月11日追記)