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佐々木監督は姑息の策を弄した
撫子日本と南アの引分戰の後味の惡さ!
日本對南アの女子サッカー戰を觀た。
何とも間延びしたゲームであつた。
パスは簡單に奪はれる。だらだらと後方でパス回しを續ける。
互角の鬪ひといふより、間延びした鬪ひだつた。
私は南アの方に好感と敬意を持つた。
真面目に鬪つてゐる。謙虚で誠實で禮儀正しい。日本のパスは簡單に奪ふ。
8月1日の『産經』と『日經』の夕刊を觀て仰天した。
撫子は真面目に鬪はなかつたのだ。
「 得點するな 」 と監督に言ひ含められてひたすら時間を潰してゐたのだ。
『産經』夕刊 8月1日附は 4面に曰く──
「 一次リーグの第一・二戰で先發しなかつた 7選手には、難しい試合となつた。
「 佐々木監督に『普通にプレーしろ』と指示されても、
「 試合前に『展開次第では引分を狙ふこともある』と聽かされれば、
「 歯車が狂つても仕方がない。
「 控へ組は アピール機會となる筈の試合を心待ちにしてゐた。
「 19歲の岩淵は『得點したい』と鬪志を燃やしてゐたが、
「 チームはゴールを求めてはゐなかつた。
「 守備陣は失點だけは絶對許さぬ状況で鬪つた。主力組の岩清水は『無失點だけを考へた』
「 『バランスを崩したくなくて攻め上る回數が尠かつた』と反省する近賀も
「 消極的にならざるを得なかつた。
「 その結果、パスミスや不用意にボールを奪はれる場面が頻出した。
「 DFライン 附近で淡々と パス交換を繰返す撫子には、スタンドが ざわつくほど覇氣が感じられなかつた 」
『日經』夕刊 8月1日附 12面は、山口大介記者がもつと端的に書く。
「 記者會見に現れた佐々木監督はいかにもバツが惡さうだつた。
「 勝てなかつたからではない。勝ちに行かなかつたからだ。
「 その理由も驚くほど懇切丁寧に説明した。
「 『次への準備を第一に考へた。
「 『ここの ピッチでできるように。
「 『グラスゴーだと移動で丸 1日かかつてしまふ』
「 F組で1位になると 3日後の準々決勝は カーディフ から最も遠いグラスゴー。
「 2位通過なら、次も カーディフ で、移動なく備へられる。
「 試合前の順位は スウェーデン に次いで F組2位。
「 できることなら1位になりたくなかつた 」
「 先發メンバー を7人入れ替へた上、選手をかう言つて送り出した。
「 『普通にやつていい。
「 『但し ( 同時進行の ) スウェーデン 對 カナダの状況次第では ドロー で終らせることを考へる』
「 久々に出場機會を得た選手達が アクセル全開で行けなかつたのも無理はない。
「 90分間で枠に飛んだシュートは3本だけだつた。
「 58分に交代で送り出した川澄にはかう言つたといふ。
「 『君には申し譯ないが、カットイン の素晴らしいシュートは止めてくれ』
「 スウェーデン戰同點の情報が入つた終盤にはボールを回して終らせるやう指示した 」
山口記者は最後に、わさびの利いた コメント を つけ加へる。
「 氣遣ふべきは選手だけか。外國メディア から質問が飛んだ。
「 『引分け狙ひなら、ファンは何のために スタジアム に來たのか』
「 監督の答は『次の試合で選手に スペクタクル な パフォーマンス を出させてお返しすることに盡きる』
山口記者の一言──
「 監督は、重い十字架を背負つた 」
扨て、私の言ひたいことは只一つ。
相手と鬪ふ任務を持つ司令官たる監督は、
いかなる理由があらうと、部下を 「 鬪ふな 」 と言つて送り出してはいけない。
それなら、初めから鬪ふことを止めよ。
「 疲れるから、鬪爭を サボッテ 英氣を養ふ ? 」
それなら、初めから鬪爭ゲームなどに携 ( たづさ ) はるな!
鬪ふ限りは、常に 「 全力を盡して勝て! 」 と言ふべきである。
でないと、償へぬ 「 後味の惡さ 」 が殘る。
戰ふふりをして時を過ごすことなどするな。
相手側南アの選手に對する何たる侮辱!
中一日での連戰といふオリンピックの苛酷な日程の中で、
佐々木監督は、選手の疲れを減らすため、苦澁の決斷をした。
だが選手にとつて、肉體の疲勞と心の後ろめたさのどちらが重いか、
考へたことがあるのか。
佐々木監督の“配慮" は、結局は小賢しく淺はかな判斷に過ぎなかつたのではないか。
それとも、人間は嫌なことは記憶から消すよう努めるから、
心の重荷などにならず、後の試合の勝利を呼んで、萬事めでたく収まるのか。
まともな日本人なら、一生の痛恨事と考へると思ふが。
( 平成24年8月1日 )
8月2日追記:
本日の『産經新聞』3面に、以下のやうな記事がありました。
バドミントン女子ダブルス 無氣力試合 4ペア失格
準々決勝の組合せ見据え……
( ロンドン支局『産經』8.2,3面 ) :
世界バドミントン聯盟 BWF は 1日、ロンドン五輪の女子ダブルス一次リーグで
無氣力試合があつたとして、
8強入りした中國・インドネシア 各1組と韓國2組の
計4ペアを失格處分にしたと發表した。
失格したのは、第一シードの王曉理・于洋組 ( 中國 ) 、
メイリアナ・ジャウハリ、グレイシア・ポリー組 ( インドネシア ) 、
鄭景銀・金ハナ組、河貞恩・金〈日文〉貞組 ( 以上、韓國 ) 。
準々決勝での組合せを有利にしようと、一次リーグ最終戰で安易な失點を繰返すなど、
わざと負けるやうなプレーをした。
中國の王曉理・于洋組と、韓國の鄭景銀・金ハナ組の試合では、
觀客から非難と野次が沸き起こり、審判員が選手に注意を與へる一幕があつた。
ロイター電によると、中國國營新華社通信が報じた所では、
中國チームがこの件について調査を始めたとしてゐる。
韓國とインドネシアが處分を不服として提訴してをり、
その結果を受けて最終處分が確定する。
8月10日追記:
本日附の『日本經濟新聞』33面に、下記の記事あり。
頗 ( すこぶ ) る參考になるので収録します。
アナザー ヴュー 武智 幸コ
最後に笑ふためには
ロンドン五輪に出場中のサッカー日本代表は今回、漸く男女とも選手村に入れたやうだ。
五輪は都市が開催するもの、といふのは サッカーの場合、建前に過ぎない。
1996年 アトランタ五輪で男子が ブラジル を破る奇跡を演じた場所は、
アトランタから遠く離れた マイアミだつた。
器の大きい會場が數多く必要なサッカーは、必然的に廣域開催になり易い。
シドニー も 北京 も、サッカーは實質的に 濠洲五輪、中國五輪だつた。
その結果、下のラウンドで姿を消すと、開催都市の周縁を回つて終る。
ロンドン なら そんな風潮に歯止めをかけられるかもと思つてゐた。
この首都には アーセナル や チェルシー、トットナム など 有名クラブが幾つもある。
二部も加へれば 樂々と ロンドン だけで運營できよう、と。
周回型の良さはある。
今回男子は名門 マンチェスター・ユナイテッド の ホーム、
オールド トラフォード で 準々決勝を戰へた。
一生の寶になる經驗だつたらう。
一方、この方式は チーム に 移動のハンディを負はせる。
なでしこの佐々木監督は、一次リーグ最終戰で途中から引分狙ひを指示して批判されたが、
これも移動のロスを避けるためだつた。
準決勝で敗れた男子が示したやうに、
ハードワークを基調とする日本は、
男女とも足が止まる時が死ぬ時である。
コンディションが勝敗に占める割合は想像以上に大きいのだ。
トーナメント戰が主流の日本のスポーツ界では
「 一戰必勝 」 「 腕も折れよ 」 の明日なき戰ひを強ひられがちだが、
リーグ戰文化が養ふのは、大局觀に基く ダメージ の管理であり、
「 最後に笑ふ 」 といふ思考である。
それに沿へば、佐々木監督は突拍子もないことを指示した譯ではない。
1994年、ワールドカップ で イタリアは準決勝に勝つた後、
NY から 決勝のある西海岸まで飛行機に乘せられた。
相手の ブラジルはその間、づつと ロサンゼルスで待構へてゐた。
サッカー界は さういふ無茶を平氣でやる處がある。
自衛手段を講ずるのは仕方ないだらう。
こんな議論が起きたのも、移動のハンディがある日程を組むからである。
バドミントン のやうに、同じ會場でづつと試合をすれば、
佐々木監督もそんな指示は出さなかつただらう。
伊原追記:これが 「 常識的判斷 」 といふものでせう。
但し、私は自分の意見を撤回しません。
私は 「 鬪ふ者 」 の立場で書きました。
「 戰術的立場 」 と言つて良いでせう。
この文章は 「 戰略的立場 」 「 政略的立場 」 で書いてゐます。