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世界の話題 ( 二七〇 )
昭 和 の 間 違 ひ が 再 現?
『 關西師友 』 平成24年6月號 10-11頁掲載の 「 世界の話題 」 ( 270 ) の増補版です。
消費税増税の間違ひ
野田佳彦民主黨内閣が消費税倍増を強く主張してゐます。
でも増税で 「 景氣が良くなる 」 といふのはをかしい。
不景氣が續く中で増税して景氣が良くなる筈がないではありませんか。
昭和ををかしくした民政黨井上準之助藏相の緊縮財政實施の際にも、
「 金解禁で景氣が良くなる 」
と言はれたのを思ひ出しました。
政友會と高橋是清藏相の積極財政を放漫と批判し、緊縮財政を唱へた民政黨が、
金解禁で 「 好況になる 」 と宣傳したのです。
深井英五 『 回顧七十年 』 ( 岩波書店、昭和16.11.15/昭和17.5.20 三版 ) 242-243頁に、
かうあります。
「 解禁準備期に於て、政府は趣旨を大衆に徹せしむる爲め、内務大臣を長とする委員を設けて
「 全國へ派遣したが、私は其の中間報告會に臨み、委員中に、解禁による好景氣の出現を説いて
「 喝采を博したことを語るものゝ多きに驚いた。席上直に、それでは實施後に失望させるだらうと
「 注意して置いたが、委員たる人々にさへ解禁の意義の理解されて居ないのを心細く思つた。
「 つまり將來に亙り經濟を順調ならしむる端緒であると云ふことを穿き違へ、一時的には寧ろ
「 不景氣を忍ばなければならぬことを忘れたのである、云々 」
感慨が二つあります。
世の中、屢 ( しばしば ) 常識に反することが罷 ( まか ) り通る。
歴史を輕視する者は歴史に復讐される。
常識に反し、歴史に學ばぬ民主黨内閣の消費税値上げは、必ずや日本國民に大災厄を齎すでせう。
非常識が罷り通るのは、自分で物を考へぬ人が大勢居るからです。
また、歴史を學ばぬのは人の常。
人は通常、自分と自分の周圍しか見ず ( 視野が狹い ) 、
來年はおろか、精々來週のことしか考へない ( 洞察力が働かない )
のであります。
でもそんな人を指導者に選ぶべきでないし、
況 ( ま ) してそんな人は指導的地位に就いてはなりません。
ここで井上緊縮財政失敗の史實を一通り述べたい所ですが、
手輕に學べる
鈴木隆 『 高橋是清と井上準之助:インフレか、デフレか 』
( 文春新書、2012.3.20 ) 830圓+税
を推奬するに留めます。
但し本書は昭和の不況を要領よく纏 ( まと ) めた良書ながら ( 實際、よく書けてゐます ) 、
新書版であつて、讀後感がいかにも輕い。
戰後日本の“輕さ" を實感させます。
讀んだあと、手應へがずしりと殘るのが、高橋龜吉の本です。
小冊子 『 昭和金融恐慌史 』 ( 講談社學術文庫 ) も宜しいが、
『 大正昭和財界變動史 』
( 東洋經濟新報社、上中下3册、昭和29.1.20/30.8.20/30.9.30 )
1000圓/1100圓/1200圓
が素晴しい。
當事者の發言がたつぷり引用されてゐて、手に取る如く論點が判り、
先人の苦鬪ぶり、歴史の重みが讀者に直接傳はつて來ます。
全三巻合せて二千頁、年表索引附きです。
統計表が隨所にあり、而 ( しか ) も素人もすいすい讀める專門書です。
經濟學を學ぶ學生は必ず眼を通して置いて欲しい、と言ひたいのですが、
經濟學を學ばうが學ぶまいが、將來指導的地位に立つつもりがある人には必讀文獻であります。
でも、經濟學部の教師でも、
本書程度の日本經濟の歴史を心得てゐない人が多いのが實情ではないでせうか。
つくづく 「 人は歴史に學ばない 」 とぼやきたくなります。
軍需豫算と死鬪した高橋藏相
私は岡田益吉 『 昭和のまちがひ 』 ( 雪華社、昭和42.11.25 ) を讀んで以來、
「 大正の間違ひ、昭和を殺す 」 といふ昭和前期史觀を持つてゐます。
伊原註: 『 昭和のまちがひ 』 は、下記の新版が出てゐます。
岡田益吉 『 危ない昭和史 ( 上 ) 』 ( 光人社、昭和56.4.7 ) 1200圓
岡田益吉曰く、昭和 2年の金融恐慌の遠因は高橋放漫財政にあり、
「 大正の間違ひ、昭和を殺す 」 だと。
「 高橋藏相の功罪は、罪のみあつて功はなかつた 」 とまで斷じます。
高橋龜吉も、政友會原敬内閣の積極政策とそれを支へた高橋財政を
「 引締めるべき時期に引締めなかつた 」 放漫財政として糾彈します。
引締めるべき時期に引締めず、
戰中戰後に膨れ上つた水増し企業の整理を先延ばししてゐるうちに關東大震災が起き、
震災手形を發行せざるを得なくなつて、未整理の儘延命してゐた水増し企業を更に延命させ、
日本經濟の被害を擴大しました。
政友會の放漫財政の反動として、昭和に民政黨の緊縮財政が來て、
米國發の世界大不況と重なる不幸がこれに續きます。
これが昭和前期の軍國主義・戰爭時代を招くのですが、その直後に小康期があります。
民政黨の行過ぎた緊縮財政のお蔭 ( ? ) で、日本は逸早く世界大不況から脱出します。
( 池田美智子 『 對日經濟封鎖:日本を追詰めた12年 』 日本經濟新聞社、1992.3.25 ) 1800圓
この日本經濟の早期復活がまた、歐米の日本叩きの原因になつて行きます。
我等の先輩は、歐米白人諸國にどれほどいぢめられたことか!
リチャード J.スメサート ( 鎭目雅人・早川大介・大貫摩里譯 )
『 高橋是清:日本のケインズ──その生涯と思想 』
( 東洋經濟新報社、2010.10.21 ) 5000圓+税
には、
高橋是清は、終始一貫軍部豫算を抑へるため鬪つて軍部に殺された
とありますが、
明治・大正・昭和の三代が、限られた條件の中で惡戰苦鬪した先人の死屍累々たるを見て、
肅然となります。
政治家は歴史の産物ですけれども、
歴史を造り替へて行く存在でもあるのです。
高橋是清と井上準之助は、今こそじつくり讀返さるべき先達です。
( 2012.5.9/5.15補筆 )
追 記:
高橋是清と井上準之助に關しては、傳記を含めて參考文獻が澤山あります。
例:手近の近刊 二、三を擧げると──
岩田規久男編 『 昭和恐慌の研究 』 ( 日經・經濟圖書文化賞受賞 )
( 東洋經濟新報社、2004.4.1/2005.1.10 三刷 ) 3600圓+税
中村宗悦 『 經濟失政はなぜ繰返すのか:メディア が傳えた昭和恐慌 』
( 東洋經濟新報社、2005.1.27 ) 1600圓+税
松元 崇 『 大恐慌を驅抜けた男 高橋是清 』
( 中央公論新社、2009.1.10/4.10 四版 ) 1800圓+税
松元 崇 『 高橋是清 暗殺後の日本: 「 持たざる國 」 への道 』
( 大藏財務協會、平成22.8.10/11.25 三版 ) 1800圓 ( 税込 )
井上準之助については──
中村隆英 『 經濟政策の運命:ある大藏大臣の悲劇 』 ( 日經新書、昭和42.11.29 ) 260圓
秋田 博 『 凛の人 井上準之助 』 ( 講談社、1993.5.20 ) 2400圓
高橋芳夫 『 覺悟の經濟政策:昭和恐慌 藏相井上準之助の鬪ひ 』
( ダイヤモンド社、1999.8.26 ) 1800圓+税
このほか、類書は幾らでも擧げられます。
徒 ( いたづら ) に列擧しても意味がないのでやめます。
ご自分で、圖書館なり大型書店なりに出向いてお選び下さい。
讀後にずつしりと重みの殘るような書物を選ばれますように。
私のこの 「 讀書室 」 に掲載濟の文章の中で、この題目に觸れたものが若干ありますので、
時間のある方は、讀返してみて下さい。
一つ、特記して置きたいのは、
高橋是清を殺した二二六事件の青年將校 中橋基明 ( なかはし もとあき ) のことです。
彼が、判り難 ( にく ) い二二六事件の解明の鍵を握る人物です。
それを解明した本が最近出ました。
鬼頭春樹 『 禁斷 二・二六事件 』 ( 河出書房新社、2012.2.28 ) 2400圓+税
本書も 「 昭和のまちがひ 」 を解明する本の一册です。
何れ近く紹介します。
そして、本書を紹介するには、同時に、次の書物も是否紹介せねばなりません。
伊藤之雄 『 昭和天皇と立憲君主制の崩壞:睦仁・嘉仁から裕仁ヘ 』
( 名古屋大學出版會、2005.5.10 ) 9500圓+税
歴史はいろいろと關聯し、絡み合つてゐるので、簡單に切取れないのです。