戰爭なほ續く日本-伊原教授の読書室

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      戰  爭  な  ほ  續  く  日  本


                『 關西師友 』 平成24年5月號,8-9頁掲載 「 世界の話題 」 No269






          戰場整理を放置する我國


  毎年春にゼミ卒業生と休日に學習會をやります。

  誰でも歡迎の自由參加です。

  今年は30人集つて盛會でした。

  晝食を共にして參加者の近況報告を聽き、次いで私が講話するといふ會合です。


  參加者の近況報告を通じて世相が判り、人の交流を通じて生き甲斐を味はひます。


  私の今年の演題は 「 觀念の慘劇:ロシヤ革命と日米戰爭 」 。

  これは私が 『 關西師友 』 の昨年七月號に書いた

  「 ニヒリズムと觀念論の慘禍 」

  の詳細版です。


  講義レジュメをA4版で7頁つくりました。


  この話の前に、皆で一緒に 「 里の秋 」 を歌ひました。

  その三番に曰く、

      「 さよならさよなら  椰子の島

      「 お船に搖られて  歸られる

      「 ああ父さんよ  ご無事でと

      「 今夜も母さんと  祈ります 」


  ご存じ、作詞  齋藤信夫・作曲  海沼實・歌  川田正子の童謠です。


  一同齊唱したあと、私は一言つけ加へました。


  この歌は、敗戰の年 昭和20年の12月中旬に

  海沼實がNHKから復員兵士を慰勞するため作曲を頼まれて作つた曲です。

  だが兵士は歸還しましたが、戰死者の遺骨は放置されました。

  戰鬪が終ると軍は必ず戰場整理をして遺體を收容するものですが、

  日本軍はノモンハンでも大東亞戰爭でもこれをやつてゐません、と。


  ノモンハンでは、現地軍司令官 ( 植田謙吉大將 ) は屍體收容を切望したのに、

  中央 ( 參謀本部 ) は 「 大命 」 を楯に許しませんでした。

  ソ聯を憚 ( はばか ) つたのでせう。


  大東亞戰爭でも軍首腦は初の敗戰・占領にとまどつて時を過ごし、

  戰場の屍體收容をうやむやにした儘、現在に到りました。


  米軍は現在もなほ、朝鮮戰爭やヴェトナム戰爭の行方不明者を探索中なのに──。


  つまり我國は、ノモンハンも大東亞戰爭もまだきちんと後始末をつけてゐないのです。

  戰後の日本が、いかにまともでない國かが判ります。

    ( 私達全國民の共同責任です )


          ノモンハンと大東亞戰爭


  この二つの戰爭に限らず、日露戰爭を含めて戰爭の後始末をつけてゐないと言へるのは、

  負け戰 ( いくさ ) の責任を問ふてゐないからです。


  參謀本部や軍令部が纏めた日露戰史は、論功行賞に響くため、功績しか述べてゐません。

  だから後から讀む者は、勝つべくして勝つたと誤解しました。


  朝雲新聞社から發行した膨大な大東亞戰爭史も、屢々敗戰をぼかしてゐます。

  だから日本の戰史は讀んでも“教訓”にならないのです。


  負け戰を隱した戰爭中の大本營發表と同じ發想法・思考樣式が、

  戰後もまかり通つてゐるのです。

  海軍はミッドウェーの敗戰を秘匿したので、山本五十六元帥は英雄の儘です。


  隱蔽と糊塗、そして難問の先送り。


  これは、日本人の宿痾 ( しゅくあ ) なのでせうか?


  さうではありません。


  少くとも幕末から明治にかけて、我國の指導者は現實を直視しました。

  だから近代國家形成といふ時代の大轉換に成功したのです。

  でも日露戰爭で我國の安全が確保されると、安逸に流れます。

  其後、明治大帝が崩御され、乃木大將が殉死すると、それをあざ笑ふ青年が殖えます。


  大正時代は、明治時代に較べて明らかに“輕佻浮薄”に流れました。

  第一次大戰後、アメリカニズムが世界的に流行します。

  所謂 ( いはゆる ) “3S”

  即ち、スポーツ・セックス・スクリーンです。

  輕くて樂しいので、誰もが皆なびきます。


  敗戰後の戰後デモクラシーは、大正デモクラシーよりもつと輕佻浮薄です。

  だから我國は劣化するばかりで、先行きが明るくなりません。


  空腹を笑つて耐へる 「 武士は食はねど高楊枝 」 といふ保守主義の美學も、崇高を尊ぶ精神も、

  我國の 「 一極集中點 」 東京に屯 ( たむろ ) する日本の指導層から消えて久しいのです。

    ( きりつと引き締つた 「 いい顔 」 をした男が激減しました。

    ( 姿勢も惡くなりました。

    ( 姿勢よく街を闊歩してゐるのは女性だけです )


                                                            ( 平成24年 4月 2日/5月13日補筆 )