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頼怡忠 ( 民主進歩黨の シンクタンク 「 台灣智庫 」 の執行委員 )
「 バーガート の會見要求拒否始末 」
頼怡忠 「 不只要拒見薄瑞光 」 ( 自由廣場 『 自時 』 2.1,15面 )
米國の台灣選擧への介入に對する台灣野黨の憤激記録
伊原註:先づは、民主進歩黨の頼怡忠が書いた抗議の投書をお讀み下さい。
( 1 ) 米國在台協會 AIT 主席理事 薄瑞光 Raymond F.Burghardt が來台したが
會見を求められた民主進歩黨 蔡英文主席が 行事が詰つてゐることを理由に會はず、
民進黨も聲明を發して
「 米國の一部官員が選擧中立の原則を守らなかつたこと 」
に遺憾の意を表明した。
だが小英主席が薄瑞光との會見を拒否したのは、
米國が台灣の選擧にあからさまに干預したことに對する不滿を表明しただけでなく、
ワシントン が台灣海峽の平和を守るとの誓約を何ら明かにしなかつた誠意を欠く態度に失望したこと、
更には米國が 台灣關係法の約束に背く恐れが出てきたこと、
に對する抗議の意味も含んでゐたのである。
( 2 ) 米國は アジア復歸を宣言し、盟邦との協力を展開してゐるものの、
台灣は屢々その協議の席から排除されるのだ。
今の所、ワシントン の 空氣、特に アジア政策では
台灣は 鷄肋 ( 取るに足りぬもの ) 扱ひを受けてゐる。
米中關係が良い時には台灣がそれを壞さぬよう望まれるし、
米中關係が惡ければ惡いで台灣が更に惡化させぬようにと頭を抑へられるのだ。
台灣は二重に周邊化させられる危機に直面してゐるのである。
中共が民進黨の執政を望まぬが故に、ワシントン は
米中關係に惡影響を及ぼすやうな事態の出現 ( つまり蔡英文當選 ) を望まない。
今回の選擧では多くの不當な出來事が起きたが、
最惡の事態は、昨年 9.の 蔡英文主席訪米時に WH ( ホワイトハウス ) の 官員が
特定の メディア に 「 蔡英文の騙し討ち 」 を仕掛けたことである。
( 3 ) 米國が民進黨を叩いただけなら、まだ話は判る。
だが續いて中國高官が民進黨にお説教を買つて出た。
「 92共識 」 を認めぬと台灣海峽の平和が怪しくなるぞ、
既往の經濟協議も御破算になるぞと、露骨な選擧介入を仕出かした。
この時、米國は中共の非平和的手段による威嚇に對して何ら意思表明しなかつた。
オバマ政權は、まるで台灣海峽の平和の定義權を北京に讓り渡し、
台灣關係法の ( 台灣を守る ) 約束など忘れたみたいだつた。
( 4 ) 以前、中共が 「 反國家分裂法 」 を制定した時、
米國は何れの側も現状改變・平和解決の一線を越えてはならぬといふ態度を崩さなかつた。
當時 中共は 「 92共識の受入 」 を 平和の前提にはしてゐなかつた。
所が今や中共側は 「 92共識 」 受入に加へ、非平和的手段まで持出して來てゐるのに、
オバマ政權は 平和解決の讓れぬ一線を言ひ出さぬばかりか、
台灣に對して中共に再保證 reinsurance して 安心させてやれ とまで言ふお節介ぶりだ。
台灣海峽の安定と平和の保持といふ約束を守らぬばかりか、
台灣を顎で使ふ オバマ政權に對して
その官員との會見を拒否して抗議の意志を示すのは我慢の限界ぎりぎりの措置であり、
更には米國議會を説得して 「 台灣安全強化法 」 の類の強制力を伴ふ新法を制定して貰ひ、
オバマ政權の台灣海峽平和維持の約束を補強することを考へる必要もあらう。
台灣の反對黨としては更に、今は一段落してゐる民生健康に關はる問題は嚴格に扱ひ、
國民に對する食品の安全を疎かにすることのないようにせねばならない。
この對應は、政黨の意地の發揮であると共に、
台灣が末永く發展するための戰略的調整でもあるのだ。
( 頼怡忠の文章、終り )
伊原註:
讀者は、民主進歩黨と頼怡忠が米國に對して腹を立ててゐることは判つても、
その理由や經緯が呑み込めぬに違ひない。
順に説明しよう。
第一、米國政權の赤派と青派:米中とも民進黨は相手にせず。
米政權には對中外交の傳統として、國民黨支持派と中共支持派がある。
中國國民黨支持派は國民黨の黨旗 「 青天白日旗 」 から 「 青派 」 と稱ぶ。
中國共産黨支持派は中共黨旗 「 五星紅旗 」 から 「 赤派 」 と稱ぶ。
第二次大戰中から戰後にかけて 「 青派 」 が強かつたが、
米中國交後は 「 赤派 」 が強くなつた。
台灣の 「 本土派 」 ( 日本の新聞が 「 獨立志向 」 とするのは間違ひ ) を支持する
「 緑派 」 は無きに等しい。
中共同樣、米國も台灣では中國國民黨が相手であつて、民進黨ではない。
米國が民進黨を相手にしないもう一つの理由が、英語を自由に話せる人材の尠さである。
國民黨の政治家は、國費 ( 黨費 ) 留學生が大勢ゐて、夫婦で英語がぺらぺらが珍しくない。
序にいふと、日本語ぺらぺらの人材はもつと尠い
蘇貞昌のやうに、副總統候補にまでなりながら、
「 外交にも國際關係にも全く興味なし 」
とわざわざ“強調" する縣長止りの田舎政治家が多いのである。
第二、昨年 9月、ワシントン を訪問した蔡英文主席を、ワシントン はすげなく應待した。
そのことを示す資料が二つある。
( 1 ) Voice of America の 中文網 が 24日報道 ( 台灣メディア が 1月26日に紹介 ) :
米台商業協會會長韓儒伯 Ruppert Hammond-Chambers が 台灣總統選投開票の翌15日に發出した
報告中で取上げて オバマ政權の對台外交の 拙劣さを 批判した。
韓儒伯は 蔡英文 が 去年 9.12〜21 に訪米したとき
米國官員が Financial Times で批判したことを、無禮である のみか、
中共に 「 米國も 民進黨嫌ひだ 」 と傳へるに等しい怪しからぬ事態だと酷評してゐる。
更に韓儒 伯は 再任後の 馬英九が米台貿易關係を發展さす望みについて樂觀してゐない。
W.が 期待する牛肉輸入問題も簡單に解決するとは見てゐない、云々
( 2 ) 河崎眞澄 「 米、台灣選擧 『 介入 』 の理由 」 ( 『 産經 』 1.22,7面 ) :
元米國在台協會 American Institute in Taiwan, AIT 台北事務所長の
ダグラス・パール Douglas Paal が 投票 2日前、
地元 テレビ局 の インタヴュー で、
「 現職の馬總統が再選されれば米國も 中國も 一安心し、米台關係も安定緊密になる 」
「 蔡英文候補が當選した場合、米國政府は直ちに中台關係の現状維持を促す 」
とまで發言。
野黨陣營から 「 米國の選擧干渉 」 と反撥が起きた。
AIT は 13日、 「 パール氏は退職濟で、個人的見解に過ぎない 」 と火消しに回つた。
米國は、台灣の民主主義の成熟といふ理想より、中台關係の現状維持といふ現實を優先した。
→伊原註:火の粉を被らずに濟むよう退職者 パール に 言はせたのだらう。
渡米以前に 「 中華民國は流亡政權 」 と言つてゐた蔡英文は、
歸國後 「 台灣は中華民國、中華民國は台灣 」
「 中華民國は最早外來政權ではなく、台灣の政權だ 」 と發言した。
米政府に言はされたに違ひない。
米中とも 「 中華民國 」 は認めてゐないくせに、
台灣が 「 中華民國體制 」 から離脱するのを許さないのである。
中國が軍擴でどんどん現状を變へてゐるのに、それは不問に附し、
台灣には 「 現状變更 」 を一切許さないのである。
上記の パール に關する記事の元は、 『 聯合報 』 の下記の記事である。
( 3 )
1 ) 包道格 Douglas Paal:馬若連任 美中台鬆一口氣 ( 『 聯合報 』 1.13,1面 )
2 ) 包道格電視專訪 ( 『 聯合報 』 1.13,2面 ) :
もし蔡英文が當選したら、米國は直ちに高層の代表を派遣して彼女と接觸し、
現状維持を求め、台灣海峽の平和安定策を一緒に考へ出す。
米側は、情勢惡化を避け るため、蔡英文當選の翌日から行動に出る。
といふのは、彼女が 9月に ワシントン に 來た時、米側に不安を殘したからだ。
彼女が兩岸關係を平穩に處理できると言つて並べた手段が空疎で、
ワシントン は 安心できなかつたのだ、云々
第三、米國在台協會 AIT 主席理事 薄瑞光 Raymond F.Burghardt が蔡英文に會へず、
蔡英文主席の代理 蕭美琴に會つた經緯については、1.30 の下記の報道を參照。
1.30 薄瑞光:美對台灣大選保持中立 ( 中央社 1.30/14:17 ) :
瑞光:無任何美國人發言影響台灣大選 ( 新頭殻 NewTalk 1.30/16:04 ) :
薄瑞光は午前 立法院長 王金平と會見して
台米關係・兩岸關係・台米貿易及び投資枠組協定につき意見交換した。
また民進黨主席 蔡英文に會見を申入れてゐたが、
蔡英文が日程の關係で會へず、民進黨發言人蕭美琴が相手をした。
蕭美琴は ダグラス・パール が 選擧干渉に類する發言をしたと 告發したが、
薄瑞光は 米國人の發言が台灣總統選に影響する筈がないと干渉發言を否認した。
1.30 小英不見薄瑞光 緑控:美官員違背中立原則 ( 新頭殻 NewTalk 1.30/16:56 ) :
( 1 ) 米政府が台灣大選中に一方の側に肩入れする選擧干渉に及んだとの疑惑につき、
民進黨主席 蔡英文は 30日、投票感謝の挨拶回りの豫定が詰つてゐるといふ理由で
米國在台協會理事主席 薄瑞光の會見申入れを斷つた。
そして シンクタンク副執行長 蕭美琴が 蔡英文主席を代表して薄瑞光と會ひ、
選擧期間中に一部の米國の
「 現役及び引退官員が特定政黨を支持する言動があつた 」
と表明した。
これは米國が何度も繰返した
「 台灣の民主主義の發展を尊重する 」
「 台灣大選に中立の立場を保つ 」
といふ原則を守る約束に反するもので、民進黨は頗る遺憾に思ふ、と。
また多くの台灣人民が、
米國が世界に普遍的な民主主義の原則を踏みにじつたと疑ひ始めたこと
も傳へた。
( 2 ) 蕭美琴は更に米側にかう申し入れた。
民進黨は今後、中國が台灣に對し、
經濟・政治・軍事の各方面で壓力を不斷に増強してくるのではないかと心配してゐる。
多くの台灣人が、中國が壓迫を加へた時に、馬總統では抗し切れまいと考へてゐる。
米國は台灣民主主義の推奬者であり、また台灣人民の權利の守護者であるからして、
民進黨は米國政府に要求する、
台灣關係法を必ず守り、
着實に台灣の安全及び自由を保障するとの約束を守るべきである、と。
伊原註:
ここまで讀み進まれた方は、頼怡忠の投書の意味がよくお判りと思ひます。
ここでもう一度 頼怡忠の投書をお讀みください。
台灣が米中兩國の強い壓力の下で呻吟してゐる状況が窺へませう。
私は總統選後に書いた 「 正論 」 ( 「 日米安保を盾に安定を選んだ台灣 」 ) で、
台灣は日米が守ると書きましたが、それは一つの細い選擇肢に過ぎません。
日米には、台灣を中國に賣り飛ばす選擇肢もあるのです。
現に、ニクソン、キッシンヂャー路線は、台灣賣り飛ばし路線でした。
cf.毛里和子・毛里興三郎譯 『 ニクソン訪中機密會談録 』 ( 名古屋大學出版會、2001.7.30 ) 3200圓+税
31頁で ニクソン は 「 中國は一つで、台灣は中國の一部 」 と 周恩來に斷言してゐます。
米國では、對中共協調路線派が主流で、對中包圍派は少數派です。
てうど、對日政策で日本弱體維持派が主流で、日本強化派が少數派であるやうに。
日本も台灣も、自國の安泰を確保する基本は、
「 彼を知り己を知 」 つた上で 「 自助努力 」 を重ねるほか
ないのであります。
そして、この常識に照らして、日本も台灣も、自助努力が足りません。
國民が國防を疎かにし過ぎてゐます。
防衛大臣は、軍人以上に軍事に詳しい人である必要があるのに、
そんな人材を育てようとしてゐません。
大體、大學で軍事を研究も教育もしてゐません。
これで國が守れませうか。
讀者諸君、以て如何となす???
( 平成24.2.6 )