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天下大亂の兆し
伊原註:以下は 『 關西師友 』 平成23年四月號 ( 14-15頁 ) に掲載した 「 世界の話題 」 ( 256號 ) です。
少し手を加へてあります。
專制搖がす中東の動亂
「 ジャスミン革命 」 がチュニジアで、次いでエジプトで長期獨裁政權を倒して以來、
中東・北アフリカで民衆の反體制騷亂が起きてゐます。
リビアでは政府側が強力な武力を盾に、 「 天安門事件式の斷固たる鎭壓 」 を宣言しました。
( これは 「 天安門事件 」 を隱蔽したい中共指導者には“迷惑な” 言及だつたやうです )
民間とは壓倒的な武力差があり、内戰の長期化が憂慮されてゐます。
今回のジャスミン革命を、
ソ聯の崩壞を導いたベルリンの壁崩壞に象徴される東歐革命に比べる議論があります。
東歐革命のきつかけをつくつたのは、テレビとファックスといふ通信手段でした。
ジャスミン革命の通信手段はインターネット ( 特に 「 フェイスブック 」 と 「 ツイッター 」 ) と
携帶電話です。
これが若者を簡單に動員しました。
そして、かういふ 「 道具 」 を街頭動員に使ふきつかけを作つたのは、
支配層と被支配層の經濟格差であり、
とりわけ値上がりと若者の失業です。
中東は世界有數の産油地帶ですから、そこの動亂は世界經濟を搖さぶります。
就中 ( なかんづく ) 日本は輸入石油の殆どを中東に依存してゐますから、
由々しき大事であります。
その割に皆さん、暢氣ですね。
我が日本國政府はこれらの動きの先をどう讀んでゐるのでせう?
ネットは中國を搖がすか?
日本よりもつと氣を揉んでゐる國が、お隣の中國です。
既に街頭行動の指令が飛んでをります。
2月20日の日曜日午後2時に北京・上海など13都市の指定の場所、
例へば北京では王府井に集り、
獨裁體制の廢止、私有財産の保障、言論の自由などについて語る集會を持たう、
といふのです。
中共政權は制服私服の公安人員を大量動員して有無を言はさず抑へ込みました。
所が敵 ( 即ち反體制側 ) も然る者、
最初の指令に
「 20日の集會が成功しなければ毎週日曜日午後2時に同じ場所で集會を續ける 」
とあつて、然も27日は集る都市を23に殖やしました。
中共當局は 「 社會と政治の安定維持は廣汎な國民の共通する願ひ 」 と宥め、
「 茉莉花革命 ( モーリーホワガーミン ) の集會參加者は國家政權 覆罪で嚴罰に處す 」
と脅し、制壓に躍起になつてをります。
中共當局者の惱みは、 「 敵 」 がはつきりしない點です。
さう、911で米國が直面したのと同樣の事態に中共政權も直面したのです。
中共は政權を取るまで、ゲリラ戰術が得意でしたが、
今やネットを使ふ不滿知識青年群といふ不特定多數を敵に回したのです。
伊原註:中共政權は大學を作り過ぎ、今や學卒を全部就職させられません。
大學卒業者は言論の發信能力がありますから、黙つてゐません。
彼らはネットを使つてあらゆる機會に不平不滿を漏らします。
つまり、失業青年は潜在的叛亂者ないしその卵なのです。
この“神出鬼没の敵性勢力" を制壓するには、
中共政權は自らの身を正し、民衆が鼓腹撃壤できる世の中を創らねばなりません。
伊原註:自らの身を正さぬ限り、不滿を抑へ切れないのです。
身を正さぬ特權階級は怨嗟の的になり、革命の對象になるだけです。
しかし中共 ( に限らず、中國の政權は ) 力で抑へる覇道政權ですから、
中共の前途には動亂あるのみ、といふことになります。
江戸時代に、破産に瀕した藩財政を建て直すため
身を正して王道政治を心掛けた爲政者同樣の課題に直面してゐるのです。
伊原註:横井小楠の教へを想起されたし。
横井小楠は越前福井藩の財政建直しに際してかう指導しました。
大坂で賣る商品を民衆から買取る際、藩札 ( 不換紙幣 ) を渡してはならぬ。
それでは 「 藩だけが太る覇道 」 になり、民衆は喜ばぬから
増産できず、財政を建て直せない。
正金で拂ひなさい。藩の儲けは一割以内に留める。
そしたら民衆は儲かるから喜んで働き、來年は増産する筈だ。
かくて藩にも民衆にも正金がどんどん溜り、財政改革できると共に
御國全體が活性化して繁榮する、と。
これぞ“共存共栄" の極意です。
民衆がネットといふ情報の獲得・發信手段を手にして、
獨裁國でも民衆がある種の政權チェック機能を發揮できるやうになつたのです。
だから獨裁國でも人民を搾取し續けると權力が保たなくなつて來たのです。
伊原註:中共當局は結局、中國に於る 「 茉莉花革命 」 を力で押へ込みました。
その代り、2011年の治安對策豫算が國防豫算を上回りました。
國防豫算=6011億5600萬元
治安豫算=6244億2100萬元
( 國防豫算を 232億6500萬元 上回る )
( 治安豫算が國防豫算を上回ったのは今回が初めて )
人民主權論の難題
人々は、この動きに自由化民主化誘導を期待したいやうですが、
さう簡單に事は運びません。
ここで民主主義の基本問題が顔を出します。
大衆運動や投票行動は
政權を打倒できるが、政權を作つたり運營したりはできぬ、といふ問題です。
破壞や否定はできても、建設は難しいのです。
舊政權を倒しても、そのあと新政權ができるとは限らないし、
( 混亂が續くのみ、になるかも知れません )
新政權ができたとしても、倒した政權よりましな政權である保證はどこにもありません。
そのことは、二年前に自民黨を見限つて、 「 一度やらせてみよう 」 と民主黨を壓勝させた
日本の有權者が目下、身に染みて痛感してゐるところではないでせうか。
世界は 「 天下大亂 」 に向つてゐるのかも知れない、
それでも前進あるのみ、といふのが人生です。
( 2011.3.7/4.9補筆 )