書評:安濃豊 『 戦勝国は日本だった:米陸軍寒地研究所にて 』

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書評


安濃 豊 『 戦勝国は日本だった:米陸軍寒地研究所にて 』

      ( 柏艪舎、2006.5.8 ) 1700円+税


  5月29日、たまたま難波のジュンク堂に寄り、 「 戦史 」 の棚を見ていて本書を見つけました。早速一読、興味深かったので紹介します。


  標題にある 「 戦勝国は日本 」 という説は、上海出身で台北帝国大学に留学し、シナの共産化で帰国先を失ったまま米国に居据わったシナ人 「 ワン 」 先生の説の紹介としてちょっと出てくるだけです。


190頁: 「 君の国は白人国家と戦ってアジアを解放した国だろう。僕達アジア人から言わせると、太平洋戦争の戦勝国は日本と戦後独立したアジア各国で、敗戦国は欧米白人国家だ。理由は簡単、戦争で独立と自由貿易をえたのは日本とアジア各国、白人国家はすべての植民地を失い、アメリカなんかは朝鮮戦争、ベトナム戦争で手痛い敗北を喫することになる。一方、日本とアジア各国は目覚ましい経済発展を遂げ、戦前より遙に豊かな国となった。これを戦勝国と言わずして何と言うのかね。日本はアジアを解放した英雄なんだよ 」


196-197頁: 「 侵略者を追出した戦争の何処が侵略戦争なのかね。白人国家は数百年にわたってアジアを侵略支配して来たが、彼らを追出したのは日本軍だろう。しかも、その後日本軍は現地の青年達を組織して軍事訓練を施し、しかも敗戦間近と分かると、占領下の各国を独立させ、連合国への投降前に武器弾薬を独立軍に与え、さらに一部の日本兵は現地に残留して現地独立軍の指導に当り、各国を独立へ導いた。インドネシア独立戦争、第一次インドシナ戦争、そしてベトナム戦争まで残留日本兵が闘っていたことを日本人は知らないのかな 」

  「 でもワン先生、当時の日本は白人国家をアジアから追出し、白人国家に成り代って支配するつもりだったんじゃありませんか 」

  「 たとえそうであっても、結果は結果。日本はアジア地域から白人勢力を駆逐した。そして降伏後、本国に引揚げた。これが歴史の事実だ。私達科学者にとって、受入れられるのは事実のみ。……それまでアジアは惨めなもので、日本とタイ以外はすべて白人国家の植民地か半植民地、私の祖国中国では蔣介石は米英、毛沢東はソ連というふうに、白人国家の下僕として日本の足を引っ張っていた。全く情けない国ですよ、中国は 」


  日本戦勝国説は、清水馨八郎さんがずっと唱え続けてきました。 『 関西戦中派 』 平成19.5.1/No407, 3面の講演記録では、 「 戦争に勝ったか否かは、その目的を果したかどうかで決る 」 というクラウゼヴィッツの 『 戦争論 』 の言葉を引用し、 「 英国の学者は、勝ったのは日本で負けたのは英国 」 と判定している話を書いています。

  著書 『 大東亜戦争の正体:それはアメリカの侵略戦争だった 』 ( 祥伝社、平成18.2.15 ) では48頁その他で力説しておられます。日本敗戦論は占領国アメリカが日本に押し付けた謀略による誤魔化しだと。


  自分の滞米体験を元にした 「 小説 」 である本書は、上記のほか、もう二つ注目点があります。第一に雪氷学者中谷宇吉郎さんとの縁、第二に米国が差別の厳しい暮しにくい国であるとの指摘。日本人は結局、日本を改善しつつ生きて行くほかないとの指摘です。


  著者、あんの・ゆたかさんは北大農学部出身、北海道開発局に勤務中、世界初の雪氷シミュレーション装置を開発し、米国陸軍に招かれて研究生活を送りますが、差別に遭って米国に見切りをつけ、帰国します。フィクションにしたのは、その方が体験を率直に語れたからでしょう。


  安濃さんは中谷宇吉郎とはすれ違いで出会っていません。中谷先生の弟子、黒岩大介北大教授から親しく指導を受けるのですが、実は小学校五年生だった1962年 4月上旬、中谷さんの亡霊に遭遇しています ( 7頁以下 ) 。 


 二段ベッドの上段に寝ていた私は、深夜2時頃、何故か目が醒めて、ふとベッドの横を見ると、そこに青いネオンサインのように鮮明な画像で初老の紳士が立っていたのです。私を見つめて微笑んでいました。その初老の紳士は目がクリッとして、陽に焼けたように浅黒く、目尻から太い皺が伸びていました。焦げ茶の格子模様のセーターを着ていました。そして腰から下がスーッと消えてなくなっていました。私は 「 オジサン誰? 」 と何度も聞いたのに、紳士は微笑むだけで何も語りませんでした。これが幽霊かと泣出しそうになると、紳士の顔がサーッと父の顔に変り、 「 何だ、父さんだったのか 」 とそのまま眠りこけてしまいました。翌朝、父に 「 何故、立ってたの? 」 と訊いたら、父は立っていなかったと答えました。

 渡米前、東京原宿にある中谷先生のご自宅を訪ね、仏前に渡米を報告しました。未亡人静子さんと三女の方が居られ、子供の頃の体験を話しました。そして当時、初老の紳士が着ていたセーターの話をしますと、夫人はセーターは確かに格子模様で、中谷先生が亡くなられる一年前にロンドンで購入し、いつも愛用していたこと、本当はカーキ色だが、暗い所で見ると焦げ茶に見えると仰いました。顔つきは、そこに居る三女の方にそっくりでしたと答えると、正しく三女の方は中谷先生に生き写しと言われているとのことでした。


  安濃さんの在米差別体験については、本書を御覧下さい。


  私は 「 移民社会 」 「 人工社会 」 の米国は、同じく人工社会である 「 社会主義国ソ連 」 同様、国内をうまく統治し切れない国だと思います。だから対外戦争をよくやるのです。

  米国は国家・社会の中核になる 「 共同体 」 が、人工社会なるが故に 「 中核の働き 」 ができないまま推移するのです。米国の共同体不全は、拉致され差別されてきた黒人社会に典型的に現れています。


  シナも、共同体不全の国です。あの国に 「 お金を注ぎ込み、生活を豊かにすればやがて民主主義が根付く 」 と考える知識人は、妄想を逞しくする狂人に近いと考えます。人間学をもっと勉強してから人生について語ってほしいものです。机上の空論はもう結構!


( 平成19.6.14 記 )