朝貢國化進む台灣

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  朝貢國化進む台灣


  伊原註:これは 『 関西師友 』 平成21年11月號,22-23頁掲載の 「 世界の話題 」 No239です。

      読書室掲載に際して増補してあります。




        香港化が進展する台灣


  中國國民黨政權下で台灣の香港化が進んでゐます。


  香港化とは、經濟面で中國と一體化が進んで中國の 「 特別行政區 」 化することです。

  主權 「 返還 」 後の香港は、アジア通貨危機と相俟つて經濟不振に苦しみました。

  そこで中國は觀光客を大量に送るなど、經濟に梃入れして支援し、香港の中國化が一氣に進みました。


  台灣も、昨年五月の馬英九政權登場後、台灣海峽兩岸の經濟交流が進みました。

  その上、米國發金融危機の襲來で台灣經濟の中國依存が深まります。

  中國が液晶パネルの韓國買付を台灣買付に振替へたり、台灣産品買付團を複數派遣して總計百億米ドル分買付けたり。


  この事態を見て、台灣は、主權が中國に移つた香港よりもつと危いと警告する人もあります ( 林保華 「 台灣比香港危險 」 『 自由時報 』 2009.5.14, AA4面 ) 。


  香港は 150年に亙る英國統治の下で、法治の基盤と法を守る文化が根付いてゐる。

  とりわけ、官僚が法治精神を身につけてゐる。

  50年の日本統治が確立した社會秩序が 「 中國 」 國民黨に潰され、政治優先・上司盲從が罷り通る台灣の方が 「 シナ的無秩序 」 に馴染み易い、台灣の官僚は上司の言いなりだから、といふのです。


  經濟的從屬化とは別に、非經濟的從屬化も結構進んでゐます。


  例へば、4月1日、行政院研究發展考核委員會が 「 公務員の中國出張は 『 出國 』 ではないから 『 出國報告 』 は不要 」 と決めました。

  馬總統自身、中台は 「 地區と地區 」 の關係と言つて居ります。

  馬政權は中國に對しては、台灣を國家と認めません。


  また6月9日、簡體字教育の導入を提唱したり、八八水災 ( 8月8日に台灣中南部を襲った颱風8號が齎した大水害 ) に際して宗主國中國の支援を頼み、外國支援謝絶を在外公館に通達したり、等々。


        中國が認定した内閣改造


  颱風8號が台灣南部に齎した酷い水害の救援不手際が非難の的となり、劉兆玄内閣が大幅改造を迫られます。

  國民黨秘書長呉敦義が行政院長に、桃園縣長朱立倫が副院長に就任しました。

  このほか國防部長、外交部長ら新任閣僚が13人、留任25人。

  新内閣の就任が9月10日です。

  その直前の9月5日に呉敦義が秘かに香港を訪問しました。

  何のために?

  その目的はこともあらうに、自身を含む新内閣の顏觸れを中國に 「 認定 」 して貰ひ、今後の方針を説明して 「 認可 」 を得るためだつた、と暴露されました。

  ( 一番詳しい記事を譯してネットの私の 「 讀書室 」 に掲載してあります )


  野黨・民主進歩黨の立法委員は 「 我が行政院長は馬英九任命なのか、中國任命なのか 」 と憤慨しましたが、何となく収まつて現在に到つてゐます。

  かういふ、國家としての存立基盤に關る重大事が一時話題になるだけで何となく収まつてしまふところに、今の台灣の危ふさが潜んでゐます。


  中西輝政曰く、民主主義とは國民が國の主人公となり、國家を守ることに對して無限責任を背負ふ仕組だと。更に曰く、無限責任とは、命を捧げることですよと。

  ( 『 日本の 「 實力 」 』 海龍社、平成21.6.29, 126頁 )


  民主國では、國家を支へ守つてゐるのは國民ですから、國民は自分らの身の丈以上の政府は持てませんし、何より恐しいことに、 「 國家の主人公 」 である國民 ( 有權者 ) は、時と場合によつては、自國を亡ぼす勢力を選ぶことさへやつてのけます。

  「 民意 」 は必ずしも信頼するに足りないのです。


  「 民主主義なんて、最惡の政治形態だ 」 といふチャーチルの醒めた現實認識を忘れると、民主主義の墮落はとめどなく進行します。

  チャーチルの上記の言葉は、 「 但し、ほかの政治形態はもつと惡い 」 と續き、民主主義への消極的支持が表明されるのですが。


  民主主義とは、手放しで運用できるやうな生易しい政治制度ではありません。

  そして今、民主黨を選んだ日本國民の民主主義運營の力量が問はれてゐます。

  危機に瀕してゐるのは台灣だけではないのです。

( 2009.10.9/11.3 改訂 )