文明と野蠻の死闘

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伊原註:以下は 『 関西師友 』 平成21年9月號に掲載した 「 世界の話題 」 ( 237 ) の増補版です。

     中川八洋 『 地政學の論理:擴大するハートランドと日本の戰略 』 ( 徳間書店、2009.5.31 )

     2000圓+税、の一部紹介でもあります。




    文明と野蠻の死闘




       大陸勢力と海洋勢力の對峙


  モンゴルにチンギス・カンが出てユーラシア大陸に初の世界帝國をつくつたのが13世紀、その世界帝國の一部であるキプチャク・カン國の繼承國家として誕生したロシヤは、建國以來大膨脹を續けました。

  そして、モスクワを第三のローマ*とする救世主思想にかぶれて 「 世界人類を救ふためには人類の半分を殺しても赦される 」 といふ獨善且野蠻な發想をします。

    *第一のローマ ( カトリック ) →第二のローマ ( ビザンチンのギリシャ聖教 )


  目的が崇高ならどんな手段をとつてもよいといふ考へ方は、要するにニヒリズムです。

  この發想を世俗化したのがレーニン主義です。 「 世界の共産化の爲には何をしてもよい 」 「 世の中にあるあらゆる規範は踏みにじつてよい 」 と。

  かくてロシヤ革命後、他人を自分の意の儘に操る 「 世界征服の狂氣 」 が益々高じました。


  こんな野蠻な勢力の膨脹をいかに押留めて平和と安全を守るかを考へたのが、英國の地理學者マッキンダー ( 1861-1947 ) です。

  ロシヤ革命後の1919年に地政學の古典 『 デモクラシーの理想と現實 』 ( 曽村保信譯、原書房、1985.2.28 ) を著しました。

  その結論=シー・パワーでハートランドを圍み、周辺部分を足場にして大陸勢力の膨脹を抑へよ。


  フランス革命後ナポレオンが、第一次大戰でカイザーが、第二次大戰でヒトラーが、ハートランド制覇 ( 則ち世界制覇 ) を試み、共に敗れ、結局、ロシヤがしぶとく生延びます。

  まつたく、 「 ハートランドを制する者は世界を制す 」 といふ地政學の原則を巡る攻防戰です。


  第二次大戰中、米國から戰後の平和維持を考へた地政學者が、オランダ系米國人 N. スパイクマンです。

  舊大陸の覇權國は必ずや新大陸を襲ふから防衛努力が必要だとして、米國の傳統思想である孤立主義からの脱却と、米英日の三つの海洋勢力の同盟による防衛體制構築を説きます。


  米國の孤立主義は、初代大統領ワシントンの 「 告別の辭 」 と、第5代大統領ジェイムズ・モンローのモンロー・ドクトリンが有名です。

  この孤立主義を、第28代大統領ウッドロウ・ウィルソンが第一次世界大戰への參戰と、その戰後處理として國際聯盟を提唱して破りますが、聯邦議會上院がヴェルサイユ條約の批准を拒否し、以後米國は19世紀以上に深刻な 「 新孤立主義 」 の殻に閉じこもるやうになつてゐたのです。


  スパイクマンは、その脱却を説くとともに、當面の敵・日本をも同盟國にしてしまふ雄大な構想を提示したのでした。そしてこの構想は廣く受入れられ、冷戰の 「 ソ聯封じ込め 」 に受け繼がれます。


  以上、マッキンダー及びスパイクマン二人の地政學を基に現代史を解明し、日本の生存策を示したのが、中川八洋筑波大學名譽教授の新刊 『 地政學の論理 』 ( 徳間書店、2009.5.31 ) です。

  實に明快で、教訓に滿ちてゐます。


  惡の根源は、對外膨脹をやめないロシヤです。

  ( ソ聯解體でやめたやうでしたが、プーチン指導下で復活の兆しが見えます )


  第二次大戰で F.D. ローズヴェルト大統領がソ聯を支援し、支那事變以降、日本がシナ大陸の赤化に協力したため、大陸勢力が世界を制覇する危險が増大しました。

  ロシヤに根源する侵略病は治癒不能で、唯一の對策はロシヤ人を抹殺することだと、中川八洋は極言します。

  米英日の海洋勢力を糾合して對抗するほかなしといふ對策は、スパイクマンに同じ。


       日露戰後、方針を誤つた日本


  明治31年/1898年の三國干渉から明治37年/1905年の日露戰爭開始まで對露抑制に動いた日本は、日露戰爭後、おかしくなります。

  長州の元老、伊藤博文・山縣有朋・井上馨がロシヤの報復を恐れて恐露病に罹り、日露協商路線を採用します。中川八洋は 「 ロシヤの抱込工作 」 まで疑つてゐます ( 309 頁 ) 。


  海軍も米國を假想敵にして、 「 主敵がロシヤであること 」 を曖昧にした。

  終始一貫、ロシヤを假想敵にしてきたまともだつた陸軍も、ロシヤ革命以降、ソ聯の謀略工作が浸透して世界赤化の手先になる軍人が殖え、ソ聯と戰はなくなります。


  因に、中川八洋は石原莞爾を 「 半マッキンダー 」 として高く評價します ( 316 頁以下 ) 。

  對ソ防衛を主軸に据え、支那事變に徹底的に反對したからです。

  露シが分斷できるか否かは、日本の死命を制するのです。

  但し、世界最終戰爭として日米戰爭を想定し、 「 日本の軍事力ヴェクトルを太平洋に向けた 」 ことで石原の功績は 「 帳消し 」 とも。


  北進か南進かで迷走した日本は、運命の昭和10年代、支那事變に深入りしてシナの共産化に手を貸しました。

  そのうへ、英米相手に戰爭を始めて、ソ聯の赤化擴大策に貢献します。


  中川八洋によると、大東亞戰爭とは、ソ聯の勢力擴張に奉仕した日本の國益に反する愚劣な戰爭でした。

  祖國をスターリンに賣渡した戰爭、とも。

  この誤つた方向を正常に戻したのが、昭和天皇のポツダム宣言受諾の聖斷と米軍占領による 「 正しい 」 幣原外交の復活だつたと。

  ( この邊、私は異論あり。中川八洋の大東亞戰爭論の檢討は、次號でやります )


  大陸勢力が海軍を持つと、防衛的な海洋勢力は防ぎきれなくなる。

  ソ聯がゴルシコフ元帥の下で大海軍を建設したのがその危機だつた。

  だが幸ひ、レーガン大統領が捲返し、經濟が息切れしてソ聯が崩壞、東歐諸國も手放した。


  でも西側はその後、愚かにも中共の一黨獨裁下にある共産シナを養ひ、經濟大國に育てた。

  中共は稼いだ金で軍備を充實、宇宙にも進出し、今や空母まで建造し始めました。

  空母を 3隻持ち、バワイイ以西の太平洋に君臨するつもりのやうです。台灣はもとより、日本も屬國にされる 「 中共の覇權構想 」 です。


  大陸勢力が經濟力を持ち、その豐富なマンパワーを軍事に投入すれば、防衛的な海洋勢力は滅亡に瀕します。


  中川八洋は警告して曰く、島國日本は急遽、全力を擧げて強固な國防國家を構築せよ、

  でないと男が逃げ惑ひ、婦女子が強姦され放題だつた敗戰時の慘めな滿洲が再現すると。


  でも、今の日本には全然 「 危機感 」 がありませんねえ……???

  中川八洋の生き延び策提案が滑稽に見えてくる程、日本の言論界は間延びしてゐます。

  今回の總選擧で、日本の生延びのための最重要策である筈の國防も教育も情報も、全然論じられませんでした。

  最大の問題は、マスメディアの墮落です。

  国策を論ぜず、日常茶飯事にかまけてゐます。

  見識ある記者が絶滅に瀕してゐるやうです。

( 平成21.7.4/9.6 加筆 )