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紹 介:
中西輝政 『 日本の 「 實力 」 』
( 海龍社、平成21.6.29 ) 定價 1500圓+税
總選擧が近いので一言──
第一、政黨交代といふが、日本に 「 政黨らしい政黨 」 はありません。
自民黨は 「 保守合同 」 のとき、 「 八個師團 」 と言はれたことから判るやうに、派閥の集合體であつて、 「 政黨 」 ではない。派閥こそ政黨です。
以後、派閥聯合の形で次々連立政權をつくつて政權を運營して來ました。
自民黨は 「 政黨 」 ではなく、一つの政治世界でした。野黨とか革新とか言はれた社會黨も共産黨も、政府に憲法改正をさせぬために三分の一の議席を確保するだけの勢力で、野次は飛ばすが政權擔當の意志も能力も持たない 「 應援團 」 的勢力でした。
だから、自民黨は 「 一黨獨大 」 と言はれましたが、 「 黨 」 ではなく、派閥 ( 真の黨 ) を活躍させる政治基盤でした。
この日本流派閥連立政權型の政權交代システムを破壞したのが、首相辭任後の田中派閥の肥大です。
しかしこの話は長くなるので、今は省略して先を急ぎます。
第二、今の自民黨も民主黨も、雜多な勢力の寄せ集め。
「 黨 」 と言へるやうな共通の政策はありません。
從つて、今回の總選擧で民主黨に政權が移つても、それは 「 政黨交代 」 ではない。
反日勢力を抱へて、政權を取つたら何をするか判らぬ怪しい集團が 「 政黨 」 である譯はありません。
平成7年 ( 1995年 ) 4月9日の第13回統一地方選で東京都知事に青島幸男、大阪府知事に横山ノックが當選しました。
これは、有權者が自民黨を代表とする既成政治勢力の利權政治・派閥政治に斷乎たる拒否をつきつけたものです。
これで、既成政治家は真っ青になつて政界再編に取り組まねばならなかつたのに、
「 何? タレントがいいのか。誰か探して我が黨から出さう 」
と見當違ひの對應をしたので、その後、既成政黨は凋落する一方となりました。
日本は、自己刷新能力を喪失したのです。
この自己刷新能力を恢復しない限り、自民黨を選ばうが、民主黨を選ばうが、日本は變りません。
いよいよ惡くなり、いよいよ落ちぶれるだけでせう。
自民黨は、民意を吸収する機能を持ちません。
選擧法が惡く ( 民意と候補を斷絶させている ) 、自民黨の組織が古い儘だからです。
第三、民主主義をうまく機能させるには、二大政黨體制は拙いのです。
日本では戰前、政友會と民政黨の二大政黨體制が失敗して居ます。
それは、野黨が 「 名譽ある反對黨 」 ( 國益第一、黨利黨略は二の次 ) であり得ず、泥仕合を繰返して有權者に見放されたからです。
英米が二大政黨でやつて來たので、これが民主主義を機能させる正統システムと思はれ勝ちですが、兩國とも歴史の 「 特殊事情 」 があり、他國は簡單に眞似られません。
二大政黨の對抗となると、足の引つ張りあひ、泥仕合になり易く、民主主義がうまく機能しません。
この點については、何れ詳しく論じます。
參考文獻はとつくに讀んであるのですが、紹介文を書く時間がないのです。
第四、今の日本の政治状況は、昨年初めの台灣に酷似してゐます。
政權黨が愛想をつかされ、ひたすら嫌惡されて野黨に票が回る。
野黨が期待されてゐるのではなく、政權黨が嫌はれてゐるだけ。
野黨が政權をとればいかに酷いことになるか、有權者は考へない。
台灣は現に酷い状況になつてゐます。
日本もさうなる恐れが大きいのに、有權者は政權黨を叩くことしか考へてゐません。
反日政治勢力が多い民主黨を政權につけてはいけない、と私は思ひます。
でも、有權者は目の前に自民黨政權の醜態を見てゐるので、自民黨叩きしか考へてゐません。
民主主義の輕佻浮薄! 民衆の洞察力の無さ!
「 民主主義なんて、最惡の政治制度だ! 」 と喝破したチャーチルの叡知は霞んでゐますね……
「 だが他の政治制度はもつと惡い…… 」 と付け加へてはゐるのですけれども。
さて、中西輝政の 『 日本の 「 實力 」 』 です。
冒頭の 「 まへがきにかへて 」 に、こうあります。
昨秋から數ヶ月に亙り 「 語り下ろし 」 たものを 「 協力者 」 柳下要司郎氏の助けを得て纏めた、と。
著者は、日本の實力を六つ説きます。
日本の實力1 「 強さ 」 より 「 堅固さ 」
日本の實力2 「 誠 」 といふ戰略
日本の實力3 「 自立 」 への 「 誇り 」
日本の實力4 地下水脈の 「 民力 」
日本の實力5 民に根付く 「 歴史と天皇 」
日本の實力6 「 志 」 と 「 人 」 の企業力
讀んでゐて、日本の實力が再認識でき、元氣が湧きます。
へえっと思ふやうな新事實が發見できます。
そして、日本が生延びられるか否かはあと10年で決着がつく、
日本再生に殘された時間は極く短いといふことも──
2020年までに大急ぎで日本を刷新しないと間に合はない、といふのです。
「 2020年には、日本の運命は決つてゐるだらうと私は見てゐます 」 ( 40頁 )
( 理由は後述 )
33頁に 「 日本人としてのアイデンティティを確立する 」 といふ言葉が出て來ます。
この英語 identity は實に大事な言葉ですが、適當な譯語が見つからない。
私が初めてこの言葉に出逢つたのは、矢野暢さんが訪日したアーサー・ケストラーの講演の通譯をした報告を聞いた時です。
ケストラーは、現代人を lost identitiness と特徴づけたといふのです。
矢野さんはこれを 「 住所不定 」 「 迷子 」 といふ風に説明しました。
identity は 「 存在根據 」 「 存在證明 」 などとも譯せるのですが、定譯が見當らない。
しかし、こんな大事な言葉が片假名の儘では具合が惡い。
大事な言葉なら、是非とも日本語で表現せねばなりません。
「 自覺と矜持 」 「 自己確認 」 「 自尊自立 」 ではどうでせう?
言葉の問題でもう一つ、中西さんは 「 天皇制 」 を使ひます。
これは、コミンテルンが27年テーゼ といふ日本革命の指針を日本共産黨 ( 正確には 「 コミンテルン日本支部 ) に與へた時、打倒對象として使つた言葉ですから、日本人は使はない方がよろしい。
「 皇室 」 といふのがよいでせう。
さて、以上は前置き。
頁を追つて、幾つか注目點を紹介し論評して行きませう。
( 詳しくは是非直接讀まれますやうに )
( 中西輝政 『 國民の文明史 』 産經新聞社、平成15.12.20, 1714圓+税、と併讀すると、相乘効果があります )
冒頭に、 「 國力 」 とは、文明力に支へられた 「 心技體 」 の綜合力、といふ定義あり。
心=精神的要素
技=知力・情報力
體=軍事力・經濟力・制度など
戰後の日本はこのうち、體を、それも經濟力を、偏重して來ました。
これを是正するには、心・技と體のうちの軍事力を充實することが急務です。
「 強い 」 strong 國より 「 堅實な 」 solid 國へ ( 35頁の小見出し )
そして 「 堅實な 」 國になる第一の必要事が 「 食料自給率の改善 」 です。
これは、 「 東京榮えて國亡ぶ 」 事態を變へて地方を活性化することに通じます。
「 平成といふ時代に日本が行つた改革は殆ど失敗 」 ( 41頁 )
「 やることなすこと逆効果になつてしまつた 」 ( 同 )
私が 「 大正の間違ひ、昭和を殺す 」 といふ日本現代史觀を持つてゐることは、皆さん、ご存じの通り。
そして、大正の間違ひは、實は明治に根差してゐます。
明治は、江戸時代に育つた立派な指導者が指導したのでかなりうまく行きましたが、
少くとも三つ、決定的な失敗があります。
第一、指導者教育をしなかつたこと
( 少くとも 「 優先 」 しなかつた。そして戰後は意圖的に 「 放棄 」 した )
だから時代と共に人間が小粒化・輕量化します。
第二、鎌倉幕府以來の武家政治を 「 逸脱 」 と見たこと
これは、 「 天皇親政 」 を建前 ( 顯教 ) としたためですが、
「 幕府 」 も實は 「 輔弼による間接統治 」 でしたから、幕府政治を批判したのは間違ひです。
この間違ひのため、二二六事件や天皇機關説 ( 密教 ) 批判といふ歴史の逆流を生みます。
第三、表面的歐化主義。これが 「 大正デモクラシー 」 の輕佻浮薄を生む原因です。
戰後の 「 米國一邊倒 」 も、明治の歐化主義の延長上にあります。
以上三つの明治の誤りを正さないと、日本の再生はありません。
54頁で著者は、冷戰構造終了後に起きるのは 「 大國崩壞 」 だとして、2010年代に米國・EU・中國・ブラジル・インド・アラブの産油国・ロシヤ が次々崩壞すると預言します。大國の脆弱性が一氣に噴出するのだと。
これは興味ある指摘です。
預言通りになるかどうかはともかく、大國が持つ 「 脆弱性 」 の指摘は注目に値します。
日本は? ──生き延びる。
なぜなら日本國民は異民族問題も少數民族問題も持たず、頗る纏り易い。
海洋を含めれば、日本は ロシヤより廣い大國である。
海洋資源・深海資源の開發に日本は賭けるだけの力も持つ。
食糧自給・教育の大改革・國家觀の再生などに成功すれば大丈夫、生き延びると。
大いに希望が持てる展望ですが、必要條件 ( 食糧自給・教育の大改革・國家觀の再生など ) は大事業ですぞ!
73頁: 「 戰略 」 の極致は 「 誠 」 である
これぞ日本人が拳拳服膺すべき基本中の基本です。
私が深く尊敬する桑原壽二先生は、シナ人の權謀術數に對して 「 日本人は愚直なれ 」 と言はれました。
賢さの極みとしての 「 誠 」 「 愚直 」 です。
私は文明の定義を 「 高信用社會 」 か 「 低信用社會 」 かで決めます。
日本は18世紀以降、つまり元祿時代以降、世界で一番早く 「 文明國 」 になりました。
歐米が 「 安心して旅行できる時代 」 になるのは19世紀後半です。
ロシヤとシナは、21世紀の現在、なお文明社會ではなく、 「 野蠻 」 です。
だから人權思想と無縁、賣つた藥や酒や食糧で人が死んでも平氣なのです。
そんな國に資本と技術を持つて出て行くのは 「 狂ひ沙汰 」 です。
そんな國から食糧を大量に輸入して平氣なのはをかしい。
日本はもつと自立せねばなりません。
74頁:日本の戰略論は 「 肉を切らせて骨を斷つ 」
これは徳川時代までに完成したが、明治の歐化後、忘れて行つた。
著者はこれに續いて 「 捨身の戰略 」 「 逆轉の發想 」 の大事さを説いてゐます。
同時に、 「 指導者が駄目になつた途端に國全體が亡び兼ねない危ふさ 」 を持つとも。
この危ふさが、1990年代の 「 喪はれた十年 」 以降、顯在化しました。
76頁:日本人の 「 清潔好き 」 は選ばれた民の證據
神道が 「 身を清める 」 ことを重視してゐることを想起されよ。
108頁:安易な武裝解除は交渉の切札をなくす
( 1 ) 第二次大戰末期、ソ聯軍が滿洲に侵攻してきたあと、ソ聯軍と關東軍の間で停戰會談が開かれ、そこで武装解除後の在留邦人の保護について約束がされたのに、關東軍が安易に武裝解除に應じたため、ソ聯軍は約束を破つて暴行凌辱をほしいままにした揚句、百五萬もの日本人を抑留してこき使ひました。
著者曰く、關東軍が在留邦人を全部送り返すのを見届けるまで武裝解除しなかつたら、あんな悲惨事は起きなかつたと。
さらに曰く、假令敗戰國でも、相手の出方を見ながら、最後の最後まで自國に有利になる道を探り續けるのが當然なのだと。
これが 「 彼を知り己を知る 」 ことなのです。
日本人は 「 彼も知らず己も知らず 」 でした。それは、今もさうです。
だから外國人にたかられて、甘い汁を吸はれつ放しなのです。
( 2 ) ソ聯だけでなく、マッカーサーにもうまくしてやられました。
著者曰く、ポツダム宣言執行のため日本を占領統治してゐたGHQは、當初、日本が武裝解除に素直に應ずるとは考へてゐなかつたらしいと。民族の誇を守る最低限の武裝にとことんこだわるのが國際社會の常識だから。
ところが、日本側が餘り素直に指令に從ふので、圖に乘つたマッカーサーは日本改造を進め、占領軍がやつてはならぬ法令の改造までやり、憲法を押付けたのだと。
中野學校はそれを見越してゐて ( さすが、インテリジェンス集團! ) 、武裝解除を拒み續け、武器彈藥を山中に隠匿し、各地に潜行して、 「 もし天皇を裁判にかけるようなら、米軍將校を一人づつ殺して行く 」 テロを企ててゐた、と。
皇室が守られた背後に、こんな力も働いてゐたのです。
( 3 ) 9月22日、米政府 「 初期の對日占領方針 」 發表
9月2日、ミズーリ號上で降伏文書に調印した時點では、日本はまだ武裝を解いてゐなかつた。しかしその後急速に武裝解除が進み、9月22日發表の上記文書で米政府は、 「 日本軍の武裝解除が濟んだので、日本は無條件降伏したと言へ 」 と無法な押付けをやつた。
「 武裝解除した途端、日本は、ごり押しにアメリカ側にどんどんつけ込まれた 」
相手に反撃力なしと見たらどんどん要求をエスカレートするのが國際常識なのだと。
皆さんご存じの通り、日本は無條件降伏したのではないのに、さう思ふ人が多いのは、こういふ權力の論理が背後にあるのです。
軍事力を持たぬ集團に、國際社會での生延びなど無理、といふ冷徹な事實がお判りでせうか。
このあと、 「 同じ敗戰國でも日本とドイツはどこが違つたか 」 といふ大事な話がありますが、それは直接お讀み頂きたい。
最後に、日本が立直るため殘された時間は僅か、といふ重大事に觸れて、本書の紹介を終へます。
124頁:あの頽廢したイギリスを救つたのは、サッチャーの功績もさることながら、最後の土壇場で 「 若者よ、目覺めよ! 」 と立上つた在郷軍人のOBでした、と著者は書きます。
當時のイギリスの老人は、ロンドン空襲經驗者です。彼らにはガッツがある。だから、へなへなした青年に呼掛けて立直らせる力量があつたのです。
同じく日本でも、若者に呼掛けて立直らす力量を持つのは、青少年時代に空襲や燒跡生活を經驗し、戰後、高度成長を導いた老人である。
「 だから、今がラストチャンスであり、日本もイギリス同樣、土壇場で立直れる筈だ 」 といふのが、著者の見通しです。
「 民主主義とは國民が主人となり、無限責任を負ふこと 」 ( 125頁 ) といふ著者は、 「 民力 」 に期待します。日本は古來、民力が國を支へて來た國だからです。
「 日本では征服・支配といふトップダウンでなく、下に堆積したものがボトムアップして國を動かすといふ世界に類を見ない民力の國だ 」 と。
そして、日本の民力の鍵を握るのは高齢者だ、とも。
昨今の社會で、元氣なのは高齢者、若者に元氣がない。
この元氣な高齢者が若者を活性化すれば、日本は忽ち甦る、と。
そして、定年制をやめよ、高齢者用のパソコンを開發せよ、高齢者用のIT教育をやれ、と呼掛けます。
私も全く同感、元氣な高齢者が若者に活力を與へれば、日本は忽ち立直りませう。
246頁:幕末同樣、今日本に迫る黒船あり。それはシナ。
アメリカは、シナの膨脹と軍事力強化を見て、シナとまともにぶつかることを避けたいと思ふやうになつた。
アメリカが手強いと敬遠し始めたシナを、軍事力で撃退することなどできない。
そのシナは、馬鹿でないから、軍事力で日本を攻めたりはしない。
戰爭する前に勝つておくといふ 「 孫子の兵法 」 で來るだらう。
日本の政治や輿論を乘取り、抵抗意志を奪ひ、意の儘に從はせようとする筈である。
日本はこの心理戰爭・政治戰爭に負けてはいけない。
そのため、 「 心技體 」 を磨かう!
──といふのが、本書の呼掛けです。
日本に、生延びのため殘された時間はあと10年。
元氣の良い高齢者諸君!
日本のため、また世界のため、あと10年、頑張りませう!!
( 平成21.8.22記 )