台灣は世界安定の要衝である

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伊原註:以下は 『 産經新聞 』 平成21年6月26日に掲載された 「 正論 」 です。

       ( 大阪版13面/東京版 7面 )

    掲載版は 「 讀者のために 」 として 「 當用漢字 」 「 現代假名遣 」 にされましたが、

    ここでは原文通り、 「 正漢字 」 「 歴史的假名遣 」 に戻してあります。

    そして、若干増補しておきました。





台灣は世界安定の要衝である




     台灣は中國に併呑か?


  台灣に親中政權が登場して一年經つた。台灣に於ける民主進歩黨から中國國民黨への政權交代は、現状維持から現状打破への方針轉換を意味する。


  台灣の命運を握るのは米日中の三國だが、米國は台灣につれない。

  2003年12月、ワシントンを訪れた温家寶中共首相を前にブッシュ大統領は、 「 米シ兩國は21世紀の脅威に取組む外交的パートナーである 」 と仲の良さを誇示した上で、

  「 台灣獨立に反對 」

  「 台灣海峽の現状を一方的に變へたがつてゐるやうに見える台灣の指導者の言行に反對 」 と言明した。


  だが民進黨と陳水扁總統は明かに現状維持勢力だつた。

  民進黨を 「 獨立志向 」 と形容する日本の新聞は誤解を散布するものである。

  2004年5月の第二期總統就任式で陳總統は、中華民國憲法の下で總統に選ばれたからと民進黨の緑の黨旗を封じ込め、中華民國の青天白日滿地紅旗の赤一色で式場を埋めた。

  式典参加者に配つた白い帽子にも國旗を描き、帽子のひさしは真つ赤だつた。

  私の知人は、台灣人の政權がなんで中華民國を奉るのかと嘆いた。


  その第二期陳水扁政權は、國共兩黨の緊密な協力とそれを後押しする米國ブッシュ政權の壓力の下で激烈な民進黨叩きに晒された揚句、政權を在台シナ人政黨である中國國民黨に明け渡した。


  かくて國民黨の馬英九政權が發足して一年、その中國接近策により、台灣は併呑への現状打破路線を突進してゐるやうに見える。


     現状維持を嫌う米國?


  米國は、現状打破がお好きなやうだ。

  例へば──

  印パの核を認めた上、北朝鮮の核武裝まで認め、核兵器不擴散條約 ( 1968年7月1日 ) を有名無實化した。

  台灣海峽では、國共による陳水扁挾撃に台灣民衆がうまうま乘せられ、民進黨を見捨てて台灣人を蔑視する在台シナ人政權を台灣の有權者が壓勝させたのを 「 民主主義の成果 」 と祝福してみせた。

  民主主義の成果などではない、米・シ・中國國民黨三者合作による台灣民衆叩きが成功しただけのことである。


  「 終極統一 」 を掲げる馬英九政權が登場後、台灣はさながら 「 一國兩制 」 を受入れた香港の後を辿つてゐる感がある。

  馬英九政權の對中傾斜政策は以下の通り──

  對中投資制限の大幅緩和、

  船舶と航空機の直航實現、

  中國學歴の承認と中國人留學生受入れ、

  中國人觀光客受入れ、

  中國資本の誘致、

  銀行の相互設置から軍縮まで。


  胡錦濤はすり寄る台灣を愛でて、家電や液晶パネルなどの台灣産品を一兆圓買付ける 「 購買團 」 を次々台灣に派遣してゐる。


  國共メディアの標的になつて下野させられた民進黨は内部分裂もあつて弱小化し、政權交代を迫る勢ひがないまま、外野からシナ國民黨批判の聲を細々と擧げるにとどまつてゐる。


  胡錦濤總書記は、引退する2012年秋の中共黨大會までに台灣を併合したがつてゐるらしい。


  台灣が中國に併呑されるのは、時間の問題なのだらうか?


     日本は東アジア安定に積極貢献せよ


  台灣は、日本列島の南に連なり、日本の安全保障上の要の地位にある。

  いや、日本ばかりか、東アジア地域の、ひいては世界の安定の要衝である。

  台灣がシナの勢力範圍に入ると、沖縄から日本列島がばたばたと將棋倒しになり、世界の安定が搖らぐ。

  だから台灣が日米安保の有事の對象になるのである。


  だが米國は今のところ、東アジアではシナを日本より重視してゐて、台灣を守る姿勢が弱い。

  となると、台灣を守る主役は日本しか殘らない。

  台灣は、日本のためにも、他の自由民主國のためにも、斷乎守らねばならぬ重要據點なのだ。


  こういふ大事な時に、ハプニングが起きた。

  4月28日、日華平和條約締結57周年記念日に馬總統曰く、 「 この條約で日本は台灣の主權を中華民國に移轉した 」 と。

  5月1日、日本の外交代表、齋藤正樹交流協會台北事務所長が中華民國國際關係協會の招きにより嘉義の中正大學で講演し、馬總統の主權移轉論は間違ひ、日本は台灣の主權を放棄しただけだから、台灣の國際的地位は未定だと語つた。


  台灣外交部の抗議を受けて、齋藤代表は 「 個人的見解 」 と引いてみせたが、台灣地位未定論は日本だけでなく、米國を含む國際社會の共通理解である。

  1971年10月の國連安全保障理事会の常任理事國の交代以來、中華民國とは國家ではなく亡命政權といふのが國際社會の常識だから、中華民國を稱してゐる限り、台灣は中國に併呑される運命を免れない。


  にも拘らず、台灣が今まで併呑を免れたのは、朝鮮戰爭以來、米國が保護してきたからだ。

  朝鮮戰爭を戰つた米軍が、朝鮮半島と台灣は日本列島と太平洋を大陸勢力の壓政から守る要衝と悟つたからである。

  だからマッカーサーは 「 日本の戰爭は自衛戰爭だつた 」 と米議會で證言したのである。


  昨年9月2日、中共中央軍事委員會擴大會議が空母建造計劃 「 九九八五工程 」 を決めた。

  今年になつて、要人や軍人が空母建造計劃を漏らし始めた。

  米軍人が中共軍人に 「 なぜ空母を持つのか? 」 と質したところ、 「 空母を持てば第二列島線を突破できる 」 と答へた。

  第二列島線、すなはち、小笠原諸島−グアム−ニューギニア線の先はハワイイである。


  中共軍は、中共軍人が一年半前、キーティング大將に告げた通り、

  「 ハワイイで太平洋を二分し、米國と分割管理する 」 つもりらしい。

  第一列島線、すなはち、千島列島−日本列島−沖縄−台灣−フィリピンは、已に勢力範圍に取込んだつもりなのである。


  この中共軍の太平洋進出を阻止しないと、台灣ばかりか日本も共産黨獨裁國の勢力圏に入り、遲浩田がいふ 「 日本人皆殺し 」 に直面する。

  日本は、亡ぶのが嫌なら、中共の魔手を斷乎撥ね除けるしかないのだ。


  但し、その前に國内整備が不可欠である。

  占領後、 「 獨立 」 した筈なのに、日本防衛を放置して顧みず、議員を飯の種としか考へぬ卑小な利權政治屋集團を綺麗さつぱり淘汰し、國策を考へ、國防を充實する眞の政治家を選出すること。

  これが先決である。

( 平成21.6.15/6.29加筆 )