天津濱海新区の今後の発展について

『天津濱海新区の今後の発展について』

(中国を考える7)

天津社会科学院客員講師

天津市外商投資服務中心招商代表

古森崇史


1.はじめに

2007年12月の福田首相の訪問、2008年8月のオリンピックのサッカー分会場の受け持ち、2008年9月の夏季ダボス会議の開催等、最近中国の国家レベルの重要な事項の際に、天津が多く選ばれている。

 日本で知名度が低く、邦人数が(資料1)のようにあまり多くない天津が、何故中国で特別扱いされているのか、日本人には、理解しづらいかも知れない。これは、天津濱海新区について、日本人があまり理解していないからであると考えられる。筆者は、今後の中国経済の方向性を考えていく上で、天津濱海新区を理解する事は有益だと考える。

そこで今回は、天津市政府の各種資料、『2008−2009中国天津投資環境白書』(天津市商務委員会、2008年6月)、『経済成長第三の極の始動―天津濱海新区の発展戦略の研究』(肖金成等、経済科学出版社、2006年9月)等を参考にして、天津濱海新区の将来性について考察していきたい。


(資料1)中国における在留邦人数(2005年)

都市名

邦人数

都市名

邦人数

北京市

10,890

上海市

40,264

天津市

3,032

無錫市

1,854

青島市

2,930

蘇州市

5,482

広州市

3,809

杭州市

1,331

珠海市

1,502

大連市

3,145

深圳市

3,230

香港

25,961

東莞市

1,791

澳門

156

(出典)財団法人日中経済協会、『中国経済データハンドブック2007年度版』122頁を整理。


2.天津濱海新区の概況

中国では、1980年代は珠江デルタ地域にある深圳、1990年代は長江デルタ地域にある上海、2000年以降は環渤海地域にある天津が発展すると言われてきた。そして、それぞれの中でも、特に深圳経済特区、上海浦東新区、天津濱海新区が、注目されてきた。


天津濱海新区は、天津市の東部の沿海部分に位置しており、塘沽区、漢沽区、大港区、天津経済技術開発区、天津保税区、天津港及び東麗区と津南区の一部によって構成されている。面積は2270ku、海岸線は153km、常住人口は145万人である。


そして、天津濱海新区の中には、以下(資料2)のように、産業機能別のエリアが存在している。


(資料2)天津濱海新区の各産業機能区

産業機能区名称

主な内容

1・先進製造業産業区

・計画面積は、97ku。

・開発区の面積が、79kuであり、電子情報を始めとするハイテク産業と加工製造業を重点としている。

・石油鋼管と良質な鋼材の加工区の面積が、18kuであり、石油パイプ、送油パイプ、コールドローリング鋼板等の生産を行っている。

2・濱海化学工業区

・計画面積は、80ku。

・100万トン級のエチレンプロジェクト、渤海化学工業パーク、 

 藍星化学工業新素材基地等の建設が重点的な建設項目。

・国家レベルの石油化学産業基地の建設。

3・濱海ハイテク産業区

・計画面積は、25ku。

・電子関係、バイオ関係、ナノメートル、民用航空科学技術等国家レベルのハイテク産業地域の建設。

4・ビジネスセンター区

・計画面積は、10ku。

・金融関係、貿易関係、娯楽関係等現代サービス業を発展させる。

5・海港物流区

・計画面積は、100ku。

・海洋輸送、国際貿易、現代物流、保税倉庫等が重点項目。

・東疆保税港区(10ku)を、国内で最大規模の、最も良い優遇政策・最も良い条件・最も開放された保税港区にする。

6・臨空産業区(航空都市)

・計画面積は、102ku。

・中国北方における航空貨物運輸基地の建設。

・国家レベルの民用航空科学技術産業基地の建設。

・エアバスA320シリーズのプロジェクトが進行中。

7・海濱レジャー観光区

・計画面積は、110ku(陸地:45 ku、海域:75 ku)。

・海岸に各種レジャー施設を建設。

8・臨港産業区

・計画面積は、150 ku。

・物流加工等、臨港産業の一体化による発展を目指す。

9・中新天津エコタウン

・計画面積は、30ku。

・2007年、中国政府とシンガポール政府が協力していく事を決定。

・2008年7月から建設が開始された。

・省エネ、環境保護等を考慮した環境にやさしいタウンを建設する。



3.深圳経済特区・上海浦東新区との比較

天津濱海新区と、深圳経済特区・上海浦東新区を簡単に比較してみると、以下(資料3)の通りである。


(資料3)深圳経済特区、上海浦東新区及び天津濱海新区の比較


深圳経済特区

上海浦東新区

天津濱海新区

1・成立時期等

・1980年8月26日

・1990年8月

・1994年から天津市は、大規模な開発と建設を開始。

・2006年6月6日に国務院が、全国の総合改革試験区とする事を決定。

2・基本状況

・面積:396ku(将来の予定は、1,953 ku)

・人口:720万人(羅湖区、福田区、南山区、潮田区の合計。なお、深圳市全体は、1,200万人。)

・軽工業が主で、労働集約型産業が多い。


・面積:523 ku

・人口:約280万人(上海市全体は、1,800万人。)

・上海のGDPと工業総生産値の1/4、対外貿易の1/2、外資利用総額の1/3を占める。

・単純な委託加工の製造業から開始したが、現在は多元的な産業構造を有する。


・面積:2,270ku

・人口:約145万人(天津市全体は、1,100万人。)

・中国の北方で、最も経済発展が速く、潜在能力が最も高い地区の一つである。

・環渤海地域の中心に位置し、京津冀の経済の中心地になる事を期待されている。

・環渤海地域の中で、京津冀と遼東半島と山東半島が競争をし、環渤海全体としての経済発展の方向性が明確になっていない。

3・将来の展望

・国家レベルのハイテク技術産業基地を建設する。

・物流業の中心都市となる。

・香港との一体化を進め、国際的な都市となる。

・金融センター、貿易センター及び水上運輸センターを建設する。

国際競争力を有する科学技術の創出と新型産業のシステムの構築を目指す。

・中国で最大規模かつ最高レベルの技術の製造業の中心地にする。

・研究開発基地を建設し、独自の技術を持つ。

・中国で最も開放された東疆保税港を開港する。

・北方で最大の水上運輸センター、国際物流センター及びエコ臨海都市を建設する。

(参考)『2007中国経済年報』(編:曹子堅・熊慶国、蘭州大学出版社、2007年1月)217頁〜223頁等


4.経済状況

4−1.2007年度の経済状況

2007年の濱海新区の経済状況は、以下の通りである。

(資料4)2007年度の濱海新区の経済指標

●濱海新区の総生産値は2364億元に達し、1994年以来、毎年20%以上成長している。

●濱海新区の総生産値は、天津市全市の総生産値の47%を占める。

●財政収入は、381億元で、1994年(23.6億億元)の19.8倍になった。

●工業総生産値は、6283億元で、1994年(213億ドル)の29.5倍になった。

●対外貿易(輸出額)は、245億ドルになって、1994年(5億ドル)の49倍になった。

●外資実際利用額は、累計で231億元に達した。

●2007年までに、世界トップ500企業のうち89社が、濱海新区の219社の企業に投資を行った。

●天津市は、中国において、投資回収率が最も高い地区の一つであった。


4−2.2008年度上半期の経済状況

2008年上半期の濱海新区の経済状況は、以下の通りである。

(資料5)2008年度上半期の天津濱海新区の経済状況の速報

●濱海新区の総生産値は、1467.45億元(前年比+23.01%)であり、本年度の目標の50.9%を達成した。ここ六年間で、最も好調である。中国国内のトップ地域との差は、明らかに縮まりつつある。

●固定資産投資は、687億元(同+40.3%)。このうち、第二次産業への投資は、368億元(同+22%)、第三次産業への投資は、317.7億元(同+70%)。また、インフラ投資に関しては、205億元(同+86%)に達し、年初に確定していた66の道路や環境の建設プロジェクトのうち、47のプロジェクトがスタートした。

●工業総生産値は、3782.4億元(同+32%)に達しており、工業の成長は目覚しい。重点的な業種が、経済成長を引っ張る原動力となっている。なお、石油採掘業の生産額は、420.9億元(同+54.8%)。冶金工業の生産額は、424.47億元(同+50.9%)。自動車及び機械製造業の生産額は、700億元(同+50.3%)。

●外資系企業との投資契約額は、47.46億ドル(同+30.8%)。実行額は、26.35億ドル(同+30%)。なお、一汽豊田、東海炭素等が、163の外資項目の増資や生産拡大等を行った。増資額は13.04億ドル。また、世界トップ500企業による投資も新たに5項目増え、累計で224項目に達した。

●天津港の貨物取扱量は、1.8億トン、コンテナ取扱量は、408万TEUとなった。保税区の輸出入区の貨物総額は、37.8%増加した。中遠散遠、同方環球、振華物流といった大型物流会社の成長が著しい。

●天津濱海国際空港の旅客数は、28.4%増加、貨物取扱量は、34.3%増加。

●金融業の発展が著しい。各銀行や保険会社の収入の伸び率は、30%以上である。


4−3.2010年の経済目標

 2010年の、濱海新区の経済目標は、以下の通りである。

(資料6)2010年の濱海新区の経済目標

●濱海新区の総生産値を、3500億元にする。そのため、年平均成長率+17%を達成する。

●工業増加値を、2300億元にする。

●ハイテク産業の総生産値に占める割合を50%以上にする。

●物流業の増加値が、濱海新区のサービス業の58%を占めるようにする。

●財政収入を、700億元以上にする。そのため、年平均増加率+20%を達成する。

●常住人口を180万人以上にする。

●都市化90%を達成する。

●生産単位あたりのエネルギー消費量を、第10次5ヵ年計画の時より20%以上削減する。


5.筆者の見解

中国の中央政府の深圳と上海に対する政策は成功し、中国の経済発展に多大な貢献をした事は、疑いの無い事実であろう。これらに続くものとして、上述したように、2006年、天津が、「第三の中国経済発展を支える極」として中央政府に戦略的に選ばれた。

しかしながら、天津が今後、第三の極になるためには、以下のように、多くの問題を解決していかなければならず、深圳や上海以上に努力する必要があると筆者は考える。


第一に、国内問題である。

ご存知の通り、中国では、現在、様々な社会問題や経済問題が発生している。中央政府は、これらの問題を解決するため、多くの財政を投入しなければならない。そのため、天津濱海新区へは、政策的には様々な優遇措置を与えるが、深圳や上海のように多くの財政投入はしないと考えられる。よって、天津市は、財政面で、最小のコストで最大の効果を求められるため、相当難しい舵取りを迫られる事になるであろう。


また、ご存知の通り、2008年からの一連の法律改正等により、中国における外資系企業を取り巻く環境が激変した。中国経済にとって、外資系企業の対中投資と対外貿易への依存度は、他の国に比べて極めて高い。中国政府が、従来の経済成長のモデルを転換し、内需拡大等の経済成長モデルへと転換して行こうとしている事は、必要な事であろうし、理解できる。

しかし、中国の産業構造等を考えてみると、例えば天津市であれば、工業総生産高の約50%と貿易額の約76%が外資系企業によるもので、また、就業者の約31%は外資系企業で働いている。このように、中国経済においては、外資系企業の果たす役割が極めて大きく、産業全体が外資系企業に依存している。このような状況の中、外資系企業の意向を無視して、政策転換を急に行う事は非現実的であり、今後も、外資系企業との協力関係が必要であろう。

そうであるからこそ、天津へ進出した外資系企業と引き続き、WIN-WIN関係を構築するために、政府は、今後も新たな外資系企業への優遇政策を出し続ける必要があると筆者は考える。


さらに、中国の他の都市と間の問題も存在する。

(1)珠江デルタ地域に関して言えば、現在、多くの繊維関係の台湾企業等が撤退する等しており、生き残りのために、各企業は、大変努力をしている。このような中、深圳は、香港と一体化を進める等、新たな政策を打ち出し、外資誘致に乗り出している。

(2)長江デルタ地域に関して言えば、北京オリンピックで、注目度が下がっていた上海も、2010年の上海万博に向けて、今後、更に活気が出るであろう。また、2008年5月、寧波市から上海市への杭州湾海上大橋が開通し、物流関係の改善が行われた事は、今後の発展にも大きな影響があるであろう。

(3)環渤海地域に関して言えば、<北京市−天津市−河北省グループ>と<大連市を中心とした遼東半島グループ>と<青島市を中心とした山東半島グループ>の協力関係の構築が不十分であると思われる。

例えば、港湾関係について言えば、天津港、大連港、青島港は、世界でも最大規模の港の一つである。しかしながら、以下(資料7)のように、珠江デルタ地域や長江デルタ地域には、さらに大きな港が存在する。今後も、天津港が、取扱量を増加させるには、大連港や青島港等と役割分担等をする必要がある。そうでなければ、今後の天津の物流業の発展は、難しいであろう。

(資料7)世界の港の貨物取扱量(2007年)

順位

港名

取扱量

前年比

1

シンガポール

2,793

 +12.7%

2

上海

2,615

 +20.5%

3

香港

2,400

 +1.9%

4

深圳

2,110

 +14.2%

5

釜山

1,326

 +10.1%

6

ロッテルダム

1,079

 +11.8%

7

ドバイ

1,065

 +19.4%

8

高雄

1,026

 +4.9%

9

ハンブルク

989

 +11.6%

10

青島

946

 +22.9%

11

寧波−舟山

943

 +32.1%

12

広州

926

 +39.0%

13

ロサンゼルス

836

 −1.4%

17

天津

710

 +19.4%

21

アモイ

463

 +15.4%

25

大連

381

 +18.7%

26

東京

372

 +0.7%

28

横浜

343

 +7.1%

36

名古屋

290

 +5.3%

44

神戸

247

 +2.5%

47

大阪

231

 +3.6%

(注)取扱量の単位は、万TEU

(出典)『OSAKAPORT NEWS 2008年9月』(大阪港埠頭公社、2008年9月)等


第二に、外国の動向である。

現在、以下のように、ロシアやインドの存在感が日に日に増し、また所謂「チャイナプラスワン」の影響もあってか、ベトナム等東南アジアへの投資が急速に増えている。

(1)ロシアに関しては、JEtrOの資料によれば、以下の通りである。

まず、投資面に関しては、世界各国の対ロシア投資は、2001年は約40億ドルだったのが、2007年は約278億ドルと急増している。また、貿易面に関しては、自動車の取引の増加が目立つ。例えば、日本からロシアへの自動車輸出は、2000年は1億6700万ドルだったのが、2007年は80億4927万ドルと急増している。

ロシア経済は、石油価格の変動の影響が大きく、インフレやバブルの懸念があるものの、活気があるため、今後も世界中の各国が注目するであろう。


(2)インドに関しては、JEtrOの資料によれば、日本からインドへの直接投資額が、2006年は1.16億ドルだったが、2007年は6.7億ドルと急増している。2008年10月現在、スズキが、インドでの自動車の減産の意向を表示している。しかし、インドには自動車部品を国内で全て調達できる産業構造が出来上がっているため、今後も自動車関係会社の直接投資は続くであろう。


(3)ベトナムに関しては、1990年代に日本からベトナムへの直接投資が急増したが、アジア通貨危機により激減していた。しかし、2002年以降、2007年のWTO加盟や「チャイナ+1」戦略の提唱等もあり、順調に直接投資額が増加している。ベトナム計画投資省の資料によれば、2002年の日本の対ベトナム投資は約1億ドルだったが、2006年には、約10.6億ドルに急増している。また、JEtrOの資料によれば、日本とベトナムの貿易額も、2002年の46.6億ドルだったが、2006年は104.3億ドルと急増している。

現在、ベトナムはバブルが崩壊し、インフレが進んでいるため、今後の経済予測は難しいが、日系企業のみならず世界中の企業が注目している事は間違いない。


いずれにせよ、天津濱海新区という中国第三の極に関する政策を成功させるためには、今後、中国の中央政府と天津市政府は、極めて難しい舵取りを迫られるであろう。つまり、国内では、(1)諸問題の解決と(2)他の地域等との関係を考慮した整合的な戦略を策定する必要がある。また、外国との関係では、外国の各都市より投資環境等を引き続き改良し、更に魅力ある都市に生まれ変わる必要がある。

(2008年10月23日)