台湾政治に何が起きているか:二大市長選を観察して

日亜協会 第123回例会のご案内


 李登輝総統の時代に進んだ台湾政治の台湾化(民主化)は、野党民進党がこのところ総統選挙をも制してきたが、最近様々の問題が生じて混迷の度を深めており、次の総統選では国民党の候補が勝利して、台湾の中国寄り路線が進むのではないかと言われている。

 平成18年の暮れに行われた台北、高雄の二大市長選は、台湾政治の現況や来るべき総統選の行方を占う上できわめて重要な選挙であった。結果は一勝一敗であったが、この選挙結果をいかに理解すればよいか。

 白熱した選挙の現場に足を運んで、じっくりとその動向を観察されてきた台湾政治の専門家から、日本の新聞報道だけではわからない台湾政治のあれこれを報告・分析して頂くこととしたい。


日時:平成19年1月15日(月)18:20〜20:30(18時開場) 

会場:大阪市立総合学習センター(大阪駅前第2ビル 5階第4研修室)

電話06−6345−5000  ・06-6345-5019

会費:千円  二次会(侃々諤々の交流会)は、同ビル二階北西隅「北大会館」

講師:伊原吉之助帝塚山大学名誉教授 日亜協会理事

演題:台湾政治に何が起きているか:二大市長選を観察して


謹 賀 新 年

「歴史を踏まえて複雑多様なアジアの現実を正しく認識し、その上に立って21世紀における日本との関わりを考える」という例会開催の意義はいよいよ重要になりつつあります。


本年も積極的なご参加とご支援をお願い致します。

*永年の懸案であった本会のHP(ホームページ)を立ち上げましたが、まだ始まったばかりで内容の充実はこれからです。現在中国留学中の古森会員による「天津通信」が掲載中で、まもなく専門家(本会役員など)による時評、エッセイなどが展開されます。一度ご覧になって、いろいろ内容改善のため率直な意見をお寄せ下さい。



21世紀日亞協会第123回例会 平成19年1月15日 (月)


  台湾政治に何が起きているか:二大市長選挙を観察して

帝塚山大学名誉教授

伊原吉之助

 
T. 選挙結果:2006.12. 9 (土) 投開票
 台北市長 (第四期)  投票率= 64.52 (2002=70.61%)
@李 敖70吉林省扶餘縣無所属7,795票0.61% 
A周玉▼53台湾省基隆市台 聯3,372票0.26%(▼=草冠/寇)
B謝長廷60台 北 市 民進党525,869票40.89%  
C宋楚瑜64湖南省湘潭縣無所属53,281票4.14%→ 5% に 達せず!
D●龍斌54台 北 市 国民党692,085票53.81% (●=赤+おおざと)
E柯賜海50台湾省台南市無所属3,687票0.29%  

 高雄市長 (第四期)  投票率= 67.93 (2002=71.38%)
@黄俊英64 国民党378,303票49.27% 
A林志昇56 台 盟1,746票0.23% 
B羅志明49 台 聯6,599票0.86% 
C林景元81 無所属1,803票0.23% 
D陳 菊56 民進党379,417票49.41%→1114票差で勝つ!
   
台北・高雄市議:国民党、台北市で「一党過半」成らず! /親民党、衰退。前回=2002年実施
台北市議高雄市議
 前回候補得票率%当選議席率%        前回候補得票率%当選議席率%
国民党202743.652446.15___________ 131835.951738.64
親民党886.982 3.85 ___________ 586.7849.09

新 党545.874 7.69 ___________ 010.0300.00

民進党172430.771834.62___________101730.491534.09

台 聯065.122 3.85 ___________ 565.7412.27

その他2347.612 3.85 ___________ 112721.01715.91

青陣営333956.493057.69___________ 182742.762147.73

緑陣営173035.892038.46___________ 152736.231636.36

合 計52103100.0052100.00        4477100.0044100.00


U. 論 評:

@根本的不公平:cf. 李筱峰「台灣没有公平的選舉」(自由廣場『自由時報』12.10,19面)

中国国民党の得天獨厚条件 5つ:

 (1)国庫から盗取した膨大な党資産を擁している。

 (2)膨大なメディア資産を擁している。

 (3)長期に亘る「党化教育」が台湾人民を洗脳した。

 (4)司法・情治単位(特務)が青本位で構成・運営されている。

 (5)中共の支援あり。

台湾の本土派勢力は、この不利な条件の下で戦わねばならないのだ。



→伊原注:さらに国民党政権の遺産あり。軍人・教員・公務員の退職金に 18%の優遇利子率を与え、公務員とその家族を国民党支持で固めている。この優遇措置により、公務員は退職後も在職中と同じか、場合によってはそれを上回る収入を得続けている。民進党はこの削減・撤廃を目指しており、公務員とその家族は国民党支持に固まっている。


A馬英九の大敗? :有利な態勢にあって勝てず/「北贏南輸」→「攘外」成らず、「安内」の挑戦へ

1)陳総統の身辺疑惑:

05.8. 陳哲男総統府副秘書長、高捷不正汚職

06.4. 妻呉淑珍 SOGO 商品券受取

  5.20 陳総統、就任 6周年記念日に女婿趙建銘の インサイダー取引疑惑で謝罪

6.27 第一回目の総統罷免案 (一罷) 否決

7. 陳哲男、求刑12年・呉淑珍、事情聴取・女婿起訴

8.〜9. 施明徳の倒扁運動 (辞任勧告公開状→反腐敗百万人募金運動で 1億元集める)

9.9〜15ケタガラン大道で坐込み赤シャツ旋風→陳水扁、「私は総統職より家庭を選ぶ」と弱音を吐く

    長老に諭され、総統職に踏みとどまる(後述)

10.13 二罷否決

11. 3 「国務機密費流用疑惑」で 呉淑珍ら 4人起訴 (陳総統も「共同正犯」、退任後起訴すると)

11.13 民進党の李文忠・林濁水、立法委員辞任「辞めぬ陳水扁に代り我々が辞めて有権者に謝る」

11.24 三罷否決

12.15 初公判:呉淑珍倒れ 入院

12.22 二度目の公判:呉淑珍、入院中で欠席


 2)馬英九の声望↓:

6. 一罷で初め慎重、盛上がりそうになったので慌てて参加。→優柔不断! と批判される

7.29 国民党中常委選挙で馬系列の候補 3人軒並落選

9.9〜15 赤シャツ隊坐込みを「デモ法」に反して24時間許可→混乱→馬市長に非難集まる

10.10 国慶節で宋ら赤シャツ隊が乱入、国賓にも無礼を働く国辱事件出来。→馬、秩序維持無能を暴露!

(馬・王、責任回避発言)

11.14/23 検察 が「特別費流用疑惑」で 二度、馬英九市長を取調べ →馬英九の清潔イメージ↓


馬英九の悩み=野党主席として群衆煽動側/台北市長として秩序維持責任 ⇒間でもたつく


B謝長廷、「南京街」「シナ人町」である北部で善戦?

前回市長選 (2002.12.7)との比較:

(投票率が70.61%→64.52%と下がっているので、票数の比較は余り意味がない/%に注目!)

中国国民党:馬英九 873,102票 64.1% →●龍斌 692,085票 53.8% -181,017票 -10.3%

民主進歩党:李應元 488,811票 35.9% →謝長廷 525,869票 40.9%  +37,058票 +5.0%


→謝長廷、総統選出馬に望みを繋ぐ


C宋楚瑜、惨敗:5%とれず。→引退宣言。親民党は泡沫化?


D台聯も惨敗:李登輝前総統はなお育てるつもり? (青緑を「超越」した第三勢力結集を目指す)

深刻な李陳決裂:

05. 5.  TV で陳水扁総統が李登輝前総統を罵倒、「こんなに罵られては総統をやって行けない!」

06. 6. 2 李登輝「指導者が間違っていれば交代すればよい。『台湾の子』は一人じゃない」

→陳水扁との訣別宣言

6.   台湾社 (本土派支援団体。目下、陳水扁支持) 社長呉樹民、李に名誉社長就任を依頼。

→李登輝、陳水扁を支持する気なく、拒絶

7.   経済永続発展会議 (經續會)  →対中投資拡大・中国旅客受入へ (「蘇修路線」)

8.12  李登輝、「経済的統一への道」と猛反発

9.16  台湾社、野党の「総統叩き攻勢」」に対抗し、陳総統支援集会 (李登輝、参加せず)

10.28 李登輝、群策會募金会食の席上、書面挨拶。「台湾は両極 (青緑/統独/馬陳) が 対峙し、民主主義が危機に瀕している。政治家の品格と道徳を重んずる中道勢力が重要だ」

11. 3 台北地検、総統夫人呉淑珍・総統側近馬永成ら計 4人を起訴

11. 4 台聯、三罷に賛成表明 →陳水扁の総統辞任に賛成!

11. 5 李登輝=「清廉は民主政治の核心価値」「民進党は深く反省せよ」と公言

→台聯、市長選に向け、独自候補を擁立。緑陣営分裂

12.11 李登輝の台聯再建策=台聯は「清廉な本土路線」で青年・社会の中堅分子を吸収発展せよ。内部組織を改造し、政策推進能力を強化し、党名を改変せよ (「台湾」は残し、「団結聯盟」を変える。「社会民主党」でもよい)


E陳菊の「險勝」:黄俊英、「選挙無効」「票封印」告訴・再集計要求へ →有権者「やれやれ又か…」

 (1)直前、陳菊支援集会に林義雄元民進党主席を含む民進党幹部や台独元老らを連続投入したこと、

 (2)「走路工事件」 (黄陣営の票買収事件) を暴露したこと──などにより、辛勝。


重大問題:もし高雄も国民党が勝っていたら……緑陣営の前途に暗雲が漂っていた筈


統一派メディアの偏向:予測が大きく外れる。

→北部の賭客 (黄俊英に賭けた) が 南部の賭客 (陳菊に賭けた) に 10億元支払う羽目となる

  聯合報12.3 中國時報12.5 自由時報12.6 選挙結果12.9
 黄俊英3942.734.3849.27
 陳 菊2729.034.0949.41
 勝率差-12-13.7-0.290.14

12.10 『聯合報』:「陰性」有権者が多く、これを勘定に入れないと誤差が大きい、と反省。


V.台湾の今後:台湾意識は浸透中だが若者は政治に無関心/立法院選・総統選・公投→「三合一」へ?

 @対外問題:民進党は田舎政権で対外関係が脆弱/国民党は英語に強く、対米の絆が太い


  (1)対米関係:米国の blue teamは親国民党であって、親民進党ではない。

  米国は対中傾斜で目下、中国を餌場にしている。台湾は二の次、三の次。


  (2)対日関係:A.民進党の対日関係は頗る弱い。日本語が使える人材も稀少。

    B.日本は米中重視・台湾軽視。最近、少し改善中。

    8.15-17 宮腰農水副大臣が訪台/8.24台湾陸軍総司令が陸自の演習を視察


→日米とも A. メディアは国民党情報の受売に傾き、本土派の情報に弱い。

     B. 英語・北京語に強く、ホーロー語に弱い。


  (3)対中関係:A.政経の捩れ。政治では分離/経済では併呑が進行中……


 B.台湾人の多くが自己中心で国の前途を考えず。金儲けができさえすれば、どの党が政権につこうが構わぬ?


 A経済問題:景気の動向が政権支持を左右する

  (1)中国の台湾経済併呑が進行中? 大陸投資する台湾企業は「飛んで火に入る夏の虫」?

  (2)前述した軍人・教員・公務員の退職金 18%優遇利子問題が台湾人中に国民党支持者を

    拡大再生産中


 B2004年の陳総統再選に籠めた台湾人の思いを陳総統、裏切る→今=任期全うへ/党内では専制的

  (1)「選挙無効」「当選無効」「再集計要求」で揉める野党の理不尽な要求を悉く容認/以後、野党 (在台中国派) や中共への宥和発言、目立つ/選挙で本土路線をいうが、政策に出さずetc.


  (2)台独元老と会食した時、陳水扁総統曰く、「家庭をとるか、総統をとるかと訊かれれば、

    私は家庭をとる」。元老にたしなめられ、やっと総統職を続けることにした。


(3)政治献金:国民党が 7割増し/民進党は半減/企業献金はもっと差がつく
2006.8.2, 監察院が「政治献金会計書」を発表。数字の単位=台湾元
      政治献金  2004年 2005年 増 減 (%)
中国国民党 総  額  7616万 1億2948万 +5334万 (+70)
      企業献金  4668万 9313万 +4645万 (+99)
民主進歩党 総  額  2億6698万 1億2893万 -1億3805万 (-51)
      企業献金  1億9721万 6430万 -1億3291万 (-67)
親 民 党 総  額  5436万 2516万 -2920万 (-53)
      企業献金  2871万 416万 -2455万 (-85)
台湾団結聯盟総  額  3533万 2973万 -560万 (-15)
      企業献金  2695万 632万 -2063万 (-76)
新   党 総  額  1737万 1255万 -482万 (-27)
      企業献金  495万 324万 -171万 (-34)
無党団結聯盟総  額  1040万 508万 -532万 (-51)
      企業献金  250万 10万 -240万 (-96)

 C立法委員選:

  (1)議席半減 (225 → 113) /小選挙区比例代表制の採用。→選挙区再編が必要

  (2)青=公認争いで国民党は分裂?

  (3)緑=李陳決裂をどう乗り越えるか? 台聯は消滅するか、生延びるか?

  (4)民進党:新潮流主導路線、行詰る。新潮流の「社民・グリーン路線」は一部の支持しかない。

  (5)国民党:馬英九主席は党内を掌握できていない。元老も「馬英九では勝てぬ」と言出している。


→政界再編が必要だが、間に合うか? 現状=前途混沌/現有政党は有権者から浮き上がったまま

「冷静な眼で醜悪な政治環境と政客の反吐を吐きたくなるような演技を眺める」若者層に期待……?

真面目な人ほど、政争に愛想をつかし、選挙離れしてシラケている


 D総統候補:青も緑も内部分裂で混沌。決して「両派対峙」の構図ではない

  (1)青は馬英九?

  (2)緑は総統選で単一候補が出せるか? 李陳決裂の影響は?

  (3)国民党本土派は利権屋が多く、「緑陣営への参加」は期待できそうにない

   たとえ参加しても、「清廉」は期待できない。

  (4)一部で期待されている立法院長王金平は「八方美人」で「決断も行動もしない人」


E結論=前途不透明

  (1)政界再編成が成るまでは、行詰りを打開できず、膠着・混乱が続く。

  (2)立法委員選・総統選の結果を見ないと前途が読めない。