国際司法裁判所のとんでもない判決
細川隆雄(愛媛大学教授)
過日、とんでもない判決があった。国際司法裁判所での日本敗訴の判決だ。2010年に、オーストラリアが南氷洋での日本の調査捕鯨に対して、IWCの規約である国際捕鯨取締条約違反だと提訴した。4年ごしの判決。「とんでもない奇奇怪怪の判決」といわざるをえない。今後のこともあるので、ひとこと批判しておきたい。
判決の根拠がとんでもない。判決の根拠として、@調査捕鯨での捕獲頭数が不透明で非合理・不適切、A捕獲対象がミンククジラに偏っており科学的調査に適合しない、B致死的調査方法の非合理性、の3点を示して、国際捕鯨取締条約8条1項(調査捕鯨の規定)の範囲を逸脱していると断じた。この3点は何ら根拠となりえるものではない。4年もの時間をかけて、この程度の判示、根拠なのか。国際司法裁判所の機能・レベルの低さを思わざるをえない。そもそも日本は、IWCにおいて、国際捕鯨取締条約の諸規定に則って、IWCでの長年の審議をふまえて、調査捕鯨を実施してきたのだから。IWCの長年の審議において、調査捕鯨が国際捕鯨取締条約に抵触すると法的拘束力のある形で判断・議決されたことなどないのだから。判決の根拠を、国際捕鯨取締条約に求めること自体に無理があり、合理性がない。
この問題は、これまでのIWCでの判断と、今回の国際司法裁判所の判断・判決のどちらが優位に立つかということであろう。原告としてのオーストラリアははなはだ場違いの裁判所に提訴したのであり、その訴えに正々堂々と受けて立った日本も、安易なとんでもない甘い予断があったといわざるをえない。どこの国の、だれが裁判官として裁くのかという点に関して甘い見通しがあった。日本が堂々と受けて立たなかったならば、裁判自体が成立しえなかったのだから。ただ南氷洋での調査捕鯨が国際法に抵触するとすれば、南極条約に違反するかどうかであろう。日本をふくむ南極条約締約国は「南極の海洋生物資源の保存に関する条約」「南極あざらし保存条約」等を結んでいる。鯨をふくむ南極の諸資源(南緯60度以南の領域)は、特定の国が利用すべきではないという理屈が成り立つ余地はある。
判決が下った今、日本は5年ぐらいの経過期間ののち、南氷洋での調査捕鯨は自主的に終了すべき時が来たのかもしれない。調査捕鯨を永久に続けることはできないのだから。南氷洋に隣接するオーストラリアの長年の国家戦略は南極資源の優先的利用であろう。近くを航海する日本の調査船団が不安で不気味に映るのであろう。オーストラリア白人の心の奥底には、大東亜共栄圏の恐怖が潜んでいる。国際的にみて、南氷洋での日本の調査船団の存在感は突出しているのは間違いないのだから。いよいよ日本は、IWCを脱退し、自らの判断で、商業捕鯨再開を決断すべき時機であろう。
国際司法裁判所は、捕獲頭数や捕獲対象にかんして、科学的合理性がなく違法だと断じた訳だが、調査捕鯨の実施の仕方の是非・合理性について判断を下し得る唯一の国際機関はIWCのみだ。やり方もふくめて調査捕鯨の権利はIWC自身によって担保されている。だからこそ日本はIWCを脱退せずに、調査捕鯨のデータによって、鯨の生息数や増殖率等を科学的に検証し、持続的資源利用の立場に立って、商業捕鯨モラトリアム(一時停止)の解除に向けて、長年、努力してきた。そもそもモラトリアムは、持続的資源利用が調査捕鯨のデータにもとづいて科学的に検証されれば解除するという前提条件付きで採択されたのだから。IWCの規約である国際捕鯨取締条約第8条は、調査捕鯨を実施するにあたって、「捕獲頭数や捕獲対象などについて捕獲許可発給国はIWCの制約を受けることなく自由に決定することができる」と、明確に規定する。
以上、違法性の根拠は何なのか、まったく不明だ。およそ国際紛争は、どこで、つまりどのような性格の紛争処理機関で、だれが裁くかという適格性の問題があることを銘記すべきであろう。