外交権をもつ政権与党は北方領土問題で責任を果たせ
細川隆雄(愛媛大学教授)
外交交渉には相手がある。自国の主張、原理原則を貫くことができれば、それに越したことはないが、相手国にも主張がある。先日、9年ぶりに日露のトップが会談した。日本の主張は、固有の領土論にもとづく4島返還要求だ。戦後来の懸案外交事項で、解決の目途なく、今に至っている。早急に解決することが権力をもつトップの責任であろう。これまでの政権与党は、この問題を放置してきたとはいわない。が、未解決のまま、今に至っているということは、無責任という謗りを免れない。トップが決断すべき時だ。
北方四島は日本の固有の領土だ、ロシアは不法占拠だ、返せ返せと愛国主義的に叫ぶのは簡単だ。でどうするのか。ことが前に進むのか。戦争で負けて不法占拠された領土。日本側がいう領土問題の根源は、無謀な戦争をアメリカに仕掛け、敗戦後、国家主体・国家意思を喪失した状態で戦勝国アメリカの意思で戦後処理がなされたという点にある。取り返すということを本気で考え、外交権・戦争権を有する政治家が責任を果たすということを真摯に考えるのであれば、そのように叫ぶ政治家はロシアとの戦争をも覚悟しなければならない。責任を果たすために戦争をする勇気があるのか。戦争をしかけて取り返す勝算があるのか。不法占拠うんぬんということであれば、一部の過激愛国主義者が主張しているように、原理原則論にたって、4島どころではない、ウルップ島もふくめて、千島列島全部を返せという論も成り立ちうる。いっそ戦争という無限大の犠牲を払うなら、千島全体を取り返しにゆくべきだという論も成り立つ。オホーツク海、日本海を因縁の対決の海にしてよいのか。
ポツダム宣言受諾後、日本が敗戦を認めた後、日ソ中立条約を一方的に破棄して、ロシアは無防備な千島に攻め込んできた。戦前、千島列島は日本の領土であった。アメリカのリーダーシップ、戦略、思惑で取りまとめられた日本の戦後処理、サンフランシスコ平和条約で、日本は千島列島を放棄したが、この条約にロシアは調印しなかった。したがって、原理原則論に立てば、国際法上、千島はどこの国にも帰属せず、ちゅうぶらりんな状況に置かれている。もしアメリカが南方の沖縄からではなしに、千島から攻め込んできたとすれば事態は変わっていたであろう。かつてのソ連いまのロシアがどさくさに紛れて、千島を実効支配しているから、戦後来ロシアの領土のようにはなっている。で、愛国主義的な原理原則論者の政治家は、戦争によって、千島を取り返しにゆく決断ができるのか。
そもそも領土とはいったい何なのか。最大の要件は実効支配しているかどうかという点だ。不法であろうがなかろうが千島を今、支配しているのはロシアだ。もはや日本の支配権は及ばない、したがって日本の領土とはいえない、この厳然たる事実を直視しなければならない。ロシアが支配して67年がすぎた。もはや、北方4島もふくめて、過去において、日本の領土であった、ということにすぎない。過去のどの時点に立つかにおいて、領土の範囲は当然ながら変化する。領土とは変化するものなのだ。およそ固有の領土など、ありはしない。分離独立して新国家が生まれる場合もある。ソ連は分裂によって大きく領土をなくした。国家概念も領土概念も相対的なものでしかない、絶対不変のものではない。
固有論者のいう固有とは、もともとはれっきとした日本の領土だったという意味であろう。もともととはいつの時点なのか。時間をさかのぼれば、日本にもロシアにも属さない、アイヌと呼ばれる人たちの領域であった。先住民としてのアイヌ固有の土地に、江戸時代、日本やロシアが入りこんだ。北海道さえ遡ればアイヌの土地であった。もともとは誰のものであったかという固有論は時点のとりかたで、どのようにでもなり、論として意味をなさない。アイヌの領域を日本は自らの領土として着々と巧妙に固有化した。
領土は実効支配し続けることによって、いずれ、支配している国のものとして固定化される。戦後来北方領土を実効支配し続けているロシア側からすれば、問題をどんどん先送りして、不法占拠している領土を固定化、固有化しようと考えているであろう。まさしく、そうして戦後67年が過ぎた。時間がたてばたつほど相対的な意味において固有化してゆく。時間とともに日本の立場は不利になってゆく。長大な国境線をもつ大陸国家ロシアにとって、国境問題は手慣れたものであって、日本との対立は悠久な国境史の一こまに過ぎないであろう。
戦後来の自民党政権、自社さきがけ政権、民主党政権などなど、これまでの政権与党の政治家は無責任といわなければならない。どういう意味で無責任か。何よりも追い出された千島の住民にたいして、政治家は一刻もはやく責任を果たす義務、現状回復義務があるのだ。時がたてばたつほど、その義務は時間とともに大きくなってゆく。やるべきことをやっていないという不作為責任だ。不作為から引き起こされた、住民たちへの損害賠償・慰謝料等に相当するであろう、政府が払うべき金額は時間の経過に比例して増大する。この点を為政者は自覚しなければならない。不法占拠で直接的被害を受けた、受け続けているのは住民たちだ。不法に土地を奪われた生身の人間だ。およそ政府は国民の生命と財産を守る義務がある。この点、拉致問題についても、領土問題と同様に、政権与党は不作為責任があるといわなければならない。追いだされた元島民、拉致被害者の家族には、外交権、交渉権がない。拉致問題にかんして、小泉元首相は一部責任を果たした。評価に値する。
安倍・プーチン会談で、プーチン大統領は面積2等分論をほのめかしたという。3島プラスアルファの解決策だ。歯舞、色丹および国後島の全面積、それに択捉島の西部20数%の面積が日本に返還される。検討に値する考え方であろう。追われた島民の立場にたって、外交権をもつ為政者は一刻もはやく決断し、義務不履行の状況から脱すべきである。不作為状況を脱して作為する責務を為政者は負う。日本側でいう北方領土問題を、ロシア側は国境画定問題ととらえている。プーチン大統領にとっても、戦後来の日ロ間にささったとげを抜いて、懸案のシベリア極東開発に新展開をもたらすであろう、国境画定問題を解決して、平和条約を締結し、日本から本格的な資金と技術を引き出したいであろう。
東アジアで台頭し北極海にも食指を動かす中国に対抗するためにも、日露の平和条約は必要である。日本の資金と技術なしでは、シベリア極東開発はうまくいかない、この点をプーチン大統領は再認識すべきである。オホーツク海、日本海を希望の海にするもしないも、両トップの決断にかかる。日露の今日的国内事情ならびに国際事情は決断の時機を告げる。