チベットの現状

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劉燕子(リュウ・イェンズ)女史よりチベットの現状をメール頂き、転載の許可を得て掲載させて頂いております。


    チベットの現状


  春の歩みはおぼつかないながら、次第に春の気配を感じる候になりました。お元気でご活躍のことと存じます。


  さて、昨年9月、チベット女流作家のオーセルさんが、国際的に栄誉あるオランダのクラウス王子基金会から「勇敢なチベット人作家」として表彰されたことをご報告しました。受賞理由は「沈黙を強いられ圧政の下に置かれた人々のために勇気をもって声をあげた」ということです。


  ところが、オーセルさんは相変わらずパスポートを取得できず、さらに、中国政府はオランダに強い圧力をかけました。これは失敗しましたが、基金会会長は中国に入国できず、大使の自宅でささやかな受賞パーティーを企画しましたが、阻止されました。


  今年に入り、二ヶ月間でオーセルさんは四回も「国保(公安機関の国内保衛支隊)」に「お茶を飲まされました(被喝茶)」。これは「お茶を飲む」という名目で尋問、嫌がらせ、恫喝などを受けることです。


  今は、オーセル・王力雄ご夫妻は、事実上の自宅軟禁状態です。以下の報道も参考にしてください。


中国:チベット族作家を軟禁  暴動から4年、当局が監視強化


  【北京・工藤哲】中国のチベット族の著名作家で、著書が日本でも翻訳されているツェリン・オーセルさん(45)=北京在住=への中国当局による監視が強化され、自宅軟禁状態に置かれたことが分かった。英BBC(中国語電子版)などが1日、伝えた。全国人民代表大会(全人代=国会)や人民政治協商会議の開幕、チベット族の大規模暴動(08年3月)から4年の節目を控え、中国当局がチベット族への監視を強化したとみられる。


  BBCによると、オーセルさんの自宅周辺には5人ほどの治安当局者が待機し、外出も許可が必要な状態だという。オーセルさんは、文化の発展に貢献した人物に毎年贈られるオランダの「クラウス王子基金賞」受賞が決まり、北京のオランダ大使館で受け取ろうとしたが、当局に阻止されたという。


  オーセルさんは文化大革命期にチベットが置かれた状況を伝える著作「殺劫」を09年に日本で発表。最近は四川省でチベット族の焼身自殺が相次いでいる現状にブログで「見るも無残で、痛ましさは言葉にならない」などと心情を吐露し、焼身を試みるチベット族の映像などを掲載していた。


  一方、中国共産党指導部の賈慶林・人民政治協商会議主席は1日、北京でチベット族居住地の責任者の集会を開き、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世を指して「ダライ集団の陰謀の粉砕」を求め、居住地の安定維持を指示した。


毎日新聞  2012年3月3日  東京朝刊


  また、以下のサイトには映像もあります。


http://woeser.middle-way.net/


  さて、オーセルさんは、2008年のチベット事件に際して、チベット人の抗議行動を逐次、詳細にブログなどで発表し続けました。それが『鼠年雪獅咆・2008年西蔵事件大事紀』にまとめられて出版されました。これは、現時点で2008年の「騒乱」に関する最も詳細な資料であり、研究資料としても評価を得ています。


  『鼠年雪獅咆・2008年西蔵事件大事紀』で、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学教授Tsering Shakya氏は、次のように述べています。


  「共産党にとって、オーセルの著述はとくに我慢ならないものである。何故なら、彼女は党が人民に語ってほしくないディスクールを語ってしまっただけでなく、それを統治者の言語=漢語で著述するからである。中共は統治の初期に中国語で著述するチベット人を育成することには、特別な目的があった。それは『解放された農奴』の喉で、党のご恩に感謝し、それに報いようとする言葉を発することであった。……オーセルは漢語を自分のものとし、党の真理に抵抗し、反論するのである。だからこそ、中国政府にとってオーセルの著述はとりわけ面倒になる。彼女は中国で蔑視され、軽蔑される『蛮夷の原住民』の声を代表しているためである。」


  なお、オーセルさんの日本語の本に『殺劫・チベットの文化大革命』(集広舎)、王力雄さんの本に『私の西域、君の東トルキスタン』(集広舎)があります。


  一刻も、一日も早く、お二人が自由になることを心からお祈りします。


  みなさまも見守ってください。


敬具


2012年3月4日


劉燕子


<劉 燕子女史 プロフィール>

  中国北京に生まれ、湖南省長沙で育つ。1991年、留学生として来日し、大阪市立大学大学院(教育学専攻)、関西大学大学院(文学専攻)を経て、現在関西の複数の大学で非常勤講師。

  訳書に『黄翔の詩と詩想』(思潮社)、『温故一九四二』、(中国書店)、『中国低層訪談録―インタビューどん底の世界』(集広舎)、『殺劫:チベットの文化大革命』(中国書店、共訳)、『ケータイ』(桜美林大学北東アジア総合研究所)、編著訳に『天安門事件から「〇八憲章」へ』(藤原書店)、共著に『「私には敵はいない」の思想』(藤原書店)、監修・解説に『私の西域、君の東トルキスタン』(集広舎)があり、中国語著書に『這条河、流過誰的前生与后世?』など多数ある。2010年12月、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞に際し、NHK「おはよう日本」などで出演した。最新の論文に「わが友、冉雲飛」『正論』2011年8月号がある。

  集広舎のサイトにおいて「燕の便り」のコラムで中国亡命知識人やチベット問題などについて報告している。