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サブプライム〜アメリカを笑え!! (4)
─ 偽りの夜明け;アメリカの楽観主義(承前)
「(リーマンショックからの)回復第一期」を,年初の株高までとしたのは(4月の株価高値はその付け足し),かなり当を得ていたようだ.ギリシャの財政危機とそれに対するEUの矛盾に発するこの5月の世界的株価下落によって一応の区切りがついたようだからである.これはようやく問題の重大さに気付いた現れであるが,いささか遅きに失した.なぜなら,ギリシャの財政危機は昨年(平成21年)の11月に明らかになっていたのだし,それがEUに及す影響の重大さも既に何度も指摘されていたのだから.
ここでは「偽りの夜明け」を通奏低音としながらも(といっても,それを言っているエコノミストは誰もいないが),一方的に上昇していった「回復第一期」について,取り敢えず私の言いたいことをいくつか述べておきたい.そのために,4月高値までの世界の株価の回復率を計算して,表にして掲げておく.
というと,そんなものどこにでも載っているではないかと言われそうだが,私がこの回復期に経済誌を見ていて不審に思ったのは,経済数値のグラフ化が,いつもある時点を基準にして作られていたことである.例えば,現段階の株価回復のグラフというとき,平成21年の年初を1ないし100として,各国の株価指数をグラフ化するというやり方である.昨年の後半まで,新興国の代表として,中国の回復率の高さを印象づけたのはこの詐術による.
これは経済誌などの奇妙な習慣としかいいようがない.株価の回復率をみようというなら,リーマンショック以前の高値(リーマンショック直前の数値ではなく,それ以前の一番の高値)と,ショック後の安値(おおむね昨年の3月)との差に対して,それぞれの時点でどの程度回復しているかをみるのが本来の筈である.そういうグラフや表には出くわさなかったので,私は何度かそれを試みたのだが,4月高値で一区切りついたようだから,今回の回復率の計算が最後の計算になる.次の表である.
《 世界の株価回復率 》
各国の株式指数
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平成22年4月までの 回復率(%) |
リーマン・ショック以後 平成22年4月までの高値日 |
【米日欧】 |
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米・N Yダウ |
61.49 |
4月26日 |
日・日経平均 |
38.23 |
4月5日 |
ドイツ・DAX |
60.05 |
4月26日 |
イギリス・FT100 |
71.82 |
4月15日 |
フランス・CAC40 |
42.38 |
4月15日 |
【旧アジアNIEs】 |
|
|
韓国・総合 |
72.24 |
4月26日 |
台湾・加権 |
74.60 |
1月15日 |
香港・ハンセン |
57.84 |
11月16日(平成21年) |
シンガポール・ST |
64.61 |
4月14日 |
【BRICs】 |
|
|
中国・上海総合 |
23.90 |
8月4日(平成21年) |
インド・ムンバイSENSEX |
77.16 |
4月7日 |
ブラジル・BVSP |
96.07 |
4月8日 |
ロシア・RTS |
59.39 |
4月14日 |
【参考】 |
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|
インドネシア・ジャカルタ総合 |
108.20 |
4月30日 |
《 アメリカのミニバブル政策 》
これらを見て色んなことがいえるが,先ずは何といってもアメリカである.サブプライム金融危機のそもそもの震源地でありながら,アメリカの回復は一見,順調である,というより,勢いが違っていた.そして,世界の株価がNY株価をみながら,殆どそれと比例して動いたので,金融ないし経済の回復は一見,順調であったようにみえる.
なぜか.といっても,ここではありきたりの一般的なことは言わない.一言で言えば,オバマ政権がとった経済政策は,「バブルがはじけたなら,ミニバブルで回復させよう」という方策だった.なるほど,これはなかなかの方策ではある.
昨年1月のオバマ政権の経済閣僚をみて多くの人が不審を抱いたのは(実際には予想顔ぶれとして,平成20年の11月には言われていたが),バブルの張本人の採用だった.なるほど,泥棒を取り締るのには泥棒に十手をもたせるというのは,石部金吉には解りにくい政治的智慧であって,歴史的にもその例はいくらでもある.しかし,オバマ政権の場合は度を超している.
財務長官がティモシー・ガイトナー氏で,NY連銀総裁からクリントン政権で財務次官を務めた人物,後述ロバート・ルービンの子飼い.ヘッジファンドや大手金融機関に親しすぎる.不良債権をすべて国民の税金で賄おうという「サマーズ・ガイトナー計画」を作った張本人.その補佐官マーク・パターソン氏はゴールドマン・サックスの元ロビイスト.国家経済会議(NEC)議長がクリントン政権の財務長官ローレンス・サマーズ氏.ハーバード大学学長として様々な不評を買って,退任後はヘッジファンド「D.E.ショー」の取締役だった人物.首席補佐官ラーム・エマニュエル氏は,投資銀行ワッサースタイン・ペレル社の出身.
そして,役職にこそついていないが,これらの経済閣僚の背後にいて,オバマ政権の経済政策を裏で画策しているのが,ゴールドマン・サックスのCEOからクリントン政権時の財務長官を務め,その後シティグループの会長というロバート・ルービン氏.サマーズ氏と共にバブルの元凶「グラム・リーチ・ブライリー法」を作った張本人.(この項,浜田和幸『オバマの仮面を剥ぐ』<光文社,平成21年6月>など)
要するに,ホワイト・ハウスはウオール・ストリートの強欲資本主義(Greedy Capitalism)の代弁者ないしそのものに乗っとられているというか,オバマ政権は進んでそれを招き入れたのである.なるほど,ブッシュ政権時も財務長官ヘンリー・<ハンク>・ポールソン氏はゴールドマン・サックスの元CEOで,ゴールドマン・サックス救済を決めたし,資産バブルを放置していたという批判のある現在のFRB(連邦準備制度理事会)のベンジャミン・<ベン>・バーナンキ議長はブッシュ政権からの続投で,何もオバマ政権だけではないようにみえるが,オバマ政権の経済閣僚は異様としかいえない度を超した陣容なのである.
それはブッシュ政権末期に決めたTRAP(不良資産救済プログラム)を,オバマ政権発足直後,拡大解釈して,大手金融機関にどんどん公的資金を投入したことでも解る.問題は「緊急時だから,一時的な公的資金の投入も仕方ない」といった遠慮深いものではなく,一気に大手金融機関の「濡れ手に粟」に貢献するというものだった(バブル時の大手金融機関の責任追及は全く蔑にされた──1年半以上も経った4月16日にSEC<米国証券取引委員会>がゴールドマン・サックスをようやくのことで提訴したが,大した動きにはならないと思われている).上記閣僚達の視野には地方銀行や家計の破綻は目に入らず,ウオール・ストリートのことしか頭になかったのである.
特に地方銀行の破綻は,ほんとうは大変な問題である.昨年<平成21年>10月段階で地方銀行115行が潰れている.この地方銀行の破綻はアメリカの唯でさえやせ細る中小企業(Supporting Industry)と家計のローンに深刻なダメージを与えるものである.しかし,オバマ政権の経済閣僚にはよく言えばマクロ経済,実際はウオール・ストリートの大手金融機関の経済指標しか目に入らない.
ということで,「回復期第一期」のオバマ政権の経済政策は,誰もこういう言い方をしていないが,「バブルを癒すにはミニバブルしかない」という政策だったということができる.それがこの4月までのNY株価の一方的な株上昇である.そしてそこには,「アメリカの,常に楽観主義」が潜んでいるが,これについては別の機会に譲る.
《 中国の株価回復率は低い 》
先程の株価回復率の表を見ていて,BRICsのインドやブラジルの株価回復率が群を抜いているのに気付くが,「世界経済は新興国次第」と新興国をはやしてきたのだから,ある意味でこれは当然だろう.しかし,この「世界経済は新興国次第」というリーマンショック以前のデカップリング論の焼直しの中心は中国だった筈である.インドやブラジルはあくまで新興国中国の付足しで言及されるだけだった.それなのに,よく見ると(なぜかこれも誰も言わないのだが),中国の株価回復率はこの表の中で一番低いのである.
先に述べた「新興国の代表として,経済成長をはやしてきた中国」の回復率が,経済指標の起点の取り方の詐術によるといったのはこのことである.勿論,中国の証券市場が公開数値の信頼性のなさ,公開性の低さ,インサイダー取引,政府の介入など,本来のまともな証券市場にはなっていないのだから,余り株価指標に拘泥するのは,拘泥する方がおかしいかも知れない(その点,ムンバイのボンベイ証券取引所は日本の東京株式取引所を3年遡る1875(明治8)年の開設で,アジアで最初の株式取引所であり,その独立性は長い歴史に裏うちされている).
しかし,中国経済に呑込まれてしまった香港のハンセン(恒生)指数も今ひとつすっきりしないのだから,中国の「何がなんでも保八政策」が矛盾をはらんでいることは事実である.そもそも昨年の前半,「何がなんでも保八政策」のために,国営銀行は大幅な貸出しを強制され,国営銀行→大手国営企業→証券投資,不動産投資と金が回ったことは,中国経済礼賛論者=楽観論者でさえ,認めていたのだから,そして不動産はその通りどんどん上ったのだから,株価が早目に頭を打ったのは,ちょっと理解しがたい.
不思議とこの「不動産バブルと株価の早目の天上の違い」の理由を説明してくれる議論には出くわさない.因みに,中国株価のリーマンショック以前の高値は平成19(2007)年の10月16日で,リーマンショック以後の高値は昨年(平成21年)の8月4日である(ハンセン指数の高値は11月16日).世界の株価はその後も今年の4月までどんどん上っていったのだから,中国は昨年の8月で早々と,その流れから引下がったことになる.余りあてにならない市場だから,考え過ぎない方がよいのかも知れないが,勿論私にもその理由は解らない.唯,アメリカのG2論や日本の中国経済頼み論が問題をはらんでいたことは確かである.
《 その他の注目点 》
日本の株価回復率が中国についで低いが,これはあくまで円高による.危い株価上昇の中で,リスクが顕在化する度に買われるのは,円と米ドルであり,世界の通貨の中で,この二つだけが特別,それは取りも直さず,経済の総合的かつ潜在的強さを示しているのだから,問題を他と一緒にしてはならない(リスクの度に円はドルに対しても強くなるのだから,円が一番強く,次が米ドルということになる).日本のエコノミストもさすがにこの「株価回復率の低さ」をもって,日本経済の弱さとは言っていない.唯,円高は株価にはマズイというだけのことである.
インドとブラジルが群を抜いていると言ったが,全く蛇足ながら,それをも遙かに凌駕しているインドネシアを参考として掲げておいた.誰も注目していないが,実に108.20%,それはつまりリーマンショック以前に戻ったということである.リーマンショックの実際の影響が小さかったからといっても,株価はよそと同じように大幅に下落したのだから,この回復率は特筆に値する.原因はインドネシア各地域の地方の好調さによる.インドネシアがユドヨノ大統領(6代目)の下で,ようやく安定を取戻したかと,東南アジア・ウオッチャーにはうれしい数値である.
旧ASEAN=ASEAN6の中で,フィリピンとインドネシアだけが,何度経済成長の数値が出ても一向に国民全体の経済向上につながらなかった.それはスハルト大統領時代のように,権威主義型経済がマクロの数値を出しても,中央集権的な一部の経済成長にしか過ぎなかったからである.それが今,インドネシアの場合,スハルト時代とは全く異なる経済成長によって,新たな突破口を開いたということである.誰もこのことに注目しないし,またインドネシアの経済成長が世界経済に与える影響は殆どないとしても,東南アジア・ウオッチャーの私にはうれしいことなので,蛇足ながら,一言触れておく次第である.
《 お便り 》
今回はだいぶ長くなった.こういうWebコラムは読者の便宜を考えて,ある程度短くすべきとは承知しているが,「開欄の辞」で述べたように,普通のWebコラムとはちょっと意図が違うので,余りそういうことにはこだわらないことにしている.まだ,この項は終っていない.標題ならびに副題がなるほどと思えるように,もう一回「承前」で続けて全体を纏める積りである.唯,これから別の緊急の所用があるので,少し時間を頂戴する.