サブプライム〜アメリカを笑え!!(1)─ 資産は劣化する

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サブプライム〜アメリカを笑え!! (1)

─ 資産は劣化する


 本年(平成20年)1月以来のアメリカのサブプライム問題の記事の中で私にとって面白かった言葉は,「アメリカは本来政府がやるべき住宅政策を,金融機関に任せたらしい」(出典忘失)という揶揄と,「アメリカよ,助けてほしくばハワイをよこせ」(山下知志氏,『週刊文春』平成20年2月4日号),「あの堀江クンがニッポン放送株を大人買いするカネ,ポンと用立てた外資系証券が六本木ヒルズにあって,その名はリーマン・ブラザーズ.ブイブイ言わせてたはずが,サブプライム云々の昨今は経営危機とかで,なぜか韓国の銀行に買収されるなんて説が出るほど」(林操氏,『週刊新潮』平成20年9月11日号)の三つであった.


  最後のリーマン・ブラザーズは韓国産業銀行(韓国の政府系金融機関)との出資交渉も決裂して,9月9日株価が45%急落したばかりか,ほどなく9月14日のブラック・サンデーで破綻(翌日,連邦破産法の適用を申請),世界中の金融危機の津波の発端となったことは言うまでもない.


  サブプライム問題はクレジット・クランチ(Credit Crunch,信用収縮)のきっかけに過ぎず,壮大なクレジット・クランチの大津波が欧米をも新興国をも(そして日本も)覆っているとき,「アメリカを笑っている場合か」と小心翼々の徒輩多からんとも尚,少なくとも日本は「大いにアメリカを笑え」というのが,本稿の趣旨である.ブラック・サンデー以前ならともかく,それ以後になって,トヨタが3月期予想営業益73%減,パナソニックが最終利益90%減を発表した後ででもである.少なくとも日本はアメリカを笑う資格がある.


  ニューヨーク株価の暴落は二段階に分けることができる.9月16日(月)から10月10日(金)までは金融危機の暴落であり,その後の11月4日(火)から11月21日(金)までの暴落は,その金融危機が実物経済に及す破壊的な危機に対する恐怖からくる暴落であった.(アジア通貨危機のときは殆ど実物経済と言っていたのに,今回はなぜか実体経済というのが殆どで,実物経済という言い方は極めて少数派であるが,筆者は以前になじんだ実物経済で通したい.いずれにしてもReal Economy)


  このようにタイムラグを経て経済危機が現れるのは,資産が劣化していくからである.例えば,サブプライム・ローンだけに限っても,IMF(国際通貨基金)の「世界金融安定報告」は本年4月段階で,世界全体の金融機関が抱えるサブプライム損失を9450億ドルと推計していたものを,10月には1億4050億ドルに増加させている(『産経新聞』平成20年10月8日).


  時間が経てば経つ程,資産は劣化していく.一旦損金を大幅に確定して償却しても,しばらく経つとまた資産が劣化して,改めて不良資産の処理にてまどるのは日本が「失われた10年(実際は12年)」にいやという程,経験してきたことであるが,現在のアメリカは,頭ではともかく,実感として「ひしひしと感ずる」ところまではいっていない.


  思えば,今年の4月から8月までニューヨーク・ダウが1万2000ドル〜4000ドルをのんびり上下していたのが夢まぼろしのようである.3月17日にNY連銀がJPモルガン・チェース銀行を通した迂回融資の方法で,ベアー・スタンズ証券を救済合併し,7月26日にはサブプラ救済法を成立させ,連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の支援を明確化したからではあるが,そうであったとしても,その間にもサブプライム対象の住宅は勿論,プライム対象の住宅も価格は下落していっているし,他のデリバティブ(金融派生商品)も劣化していっていたのである.


  私自身その頃ニューヨーク・ダウを眺めていて不思議な気分がしたことは事実である.株価は3ヶ月から半年ほどを先取りすると言われるが,その先見性もそれ程のものではなく,実際に劣化が数値として現れない限り,のんびりしていることもあるのである.

  サブプライム問題は昨年(平成19年)7月に表面化し(7月第4週のNYダウ暴落),すぐに8月上旬にはヨーロッパにも飛火(8月9日仏金融大手BNPパリバが傘下3ファンドの営業休止を発表,9月14日イングランド銀行が英中堅銀行ノーザン・ロックに緊急融資),米銀最大手シティは巨額の評価損を計上してCEOが辞任していたのだが(辞任は11月),それでもNY株価は10月9日まで上昇した.今となってはこのときの14165ドルが史上最高値で,今後これを回復するのには何十年かかるか解らない.世界中の証券取引所の株価指数も昨年10〜11月に天井を打っている.


  このようにサブプライム問題は昨年後半に既に問題になっていたのだが,この金融バブルが危機意識に結びつくまでに半年から1年の時間がかかっているのは,資産の劣化にも時間がかかるからである(この間の雑誌記事としては,その後の金融危機をよく見通したものとして,例えば本山美彦「米国型市場原理主義を超克せよ」『諸君!』平成19年5月号,箭内昇「米国流投資ビジネスは必ず破綻する」『諸君!』平成19年7月号,がある).そして危機意識が株価の大暴落というような形で明確化すれば,今度はその保有株の資産が劣化していき,その評価損処理にまた時間がかかる.


  ブラック・サンデー以降矢継早に対策がたてられたとしても,その対策を具体化していくのはこれからであり(矢継早の対策がどれほど大きなもので,それ自身がまたどんな問題になるかは続編で後述),そのプロセスの間にも各種の資産は劣化していく.日本は「失われた十年」の間にいやというほど,それを経験してきたが,今度はアメリカがそれを経験しなければならない.


  問題の発端はサブプライム・ローンだから(アメリカだけでなくヨーロッパや韓国も住宅バブルだった),先ず住宅価格の底入れまでに数年はかかる.住宅価格が底入れしない限り,今回の金融崩壊は収らない.デリバティブ(金融派生商品)による不良債権の大きさもまた巨大なものであり,この処理が一番大きいが,いくら公的資金を投入しても,実際の処理手続には長い時間がかかる.デリバティブの世界全体の市場規模は平成19(2007)年末で,596兆ドル,世界のGDPの10倍以上(『産経新聞』平成20年7月26日),そのうちどれだけが不良債権になるかは解らないが,不良債権の処理中にも他の債権が劣化していくのだから,予め限度を確定しておくことはできない.


  その上で金融危機が既に実物経済に影響を及し始めたのだから,保有株の劣化に加えて,実物経済の縮小が加わる.資産(住宅,債権,株)は金融バブルがはじけた以上,劣化するしかない.問題はその限度が解らないことである.解らないのはバブルの処理中にも資産は時間とともに劣化していくからである.日本にはそのことがよく解るが,アメリカは今からそれを痛切に経験していかなければならない.


  <著者追記> アメリカ発の金融バブルの崩壊には私も言いたいことがいくらでもある.9月15日のブラックサンデーからではなく,今年1月のサブプライム問題による世界的な株価暴落のときからで,5〜8月の間偶々時間的余裕があったこともあって,この金融危機をフォローしていたという事情もある.1〜2回ではとても述べきれないので,これから何回かに分けて論点を整理してみたい.この'大状況'は文明論にとっても極めて大きな意味をもっているからである.